<12>遺伝子治療の最前線 東京慈恵会医科大学総合医科学研究センター 大橋十也
シリーズ遺伝相談 総論編12
遺伝子治療の最前線
東京慈恵会医科大学総合医科学研究センター
遺伝子治療研究部・小児科
大橋 十也
2000を超える臨床試験
1990年代に始まった、遺伝子治療は、その後、不適切な臨床研究による死亡者出現、白血病などの発症により一時期低迷した。しかしながら近年、原発性免疫不全症、先天代謝異常症を含む遺伝性疾患の遺伝子治療は急速な発展を遂げてついに、承認薬も出現した。
現在まで、2000以上の臨床試験が、世界中で行われた。臨床試験で一番多い対象疾患はがんで全体の64%を占め、遺伝性疾患の臨床試験は209。全体の9・5%である。
さまざまな遺伝子治療
遺伝性疾患の遺伝子治療を語る上で、原発性免疫不全症は欠かせない。最初の対象疾患はADA欠損症である。当初は患者さんのリンパ球にADA遺伝子をレトロウイルスベクターで導入して患者さんに戻すという方法が取られた。その後、リンパ球ではなくて造血幹細胞へ遺伝子導入を行う治療も行われた。結果は良好で現在製薬会社(GSK社)がスポンサーとなり、規制当局への承認申請が行われた。
遺伝子治療分野で大きな話題を呼んだのが、X連鎖性重症複合免疫不全症に対する遺伝子治療である。本疾患はリンパ球の分化、機能に必須のインターロイキン受容体の共通鎖であるγC鎖の遺伝子が欠損するために免疫不全状態を呈する疾患である。このγC鎖の遺伝子をレトロウイルスベクターで造血幹細胞に導入し、移植する研究がフランスで行われた。結果は良好であったが、その後、挿入変異による白血病が発症するという報告がされた。挿入変異とはウイルスベクターがランダムにゲノムに挿入されることにより、近傍のがん遺伝子がベクターにある強力なウイルスプロモーターにより、活性化して発がんするというものである。
最近、ベクターとしてはレトロウイルスベクターにかわり、挿入変異が少ないレンチウイルスベクターの使用、プロモーターを細胞が本来持つ弱いプロモーターに変えるなどして白血病の発症は見られていない。
先天性代謝異常症の遺伝子治療の進歩も目覚しいものがある。特記すべきは、まずuniQure社がの開発したリポタンパクリパーゼ欠損症の遺伝子治療製品が2012年11月に欧米で初めて承認にされたということである。
また大きなインパクトを残したのは、フランスで行われた副腎白質ジストロフィーの遺伝子治療である。これはレンチウイルスベクターを用いた、造血幹細胞を標的とした遺伝子治療である。未治療患者に比べ症状の進行が抑えられ、この効果は造血幹細胞移植と同等であった。現在では、このデータを元に、米国のBluebird Bio社が、治験として研究を継続している。
また、異染性脳白質変性症と同様の手法で遺伝子治療が行われ、やはり症状の安定化や、無治療の患者さんに比べると発達指数の維持、神経伝達速度の改善維持などが認められている。
その他、AADC欠損症、ポンペ病に対する遺伝子治療などが主にAAVベクターを用いた遺伝子治療で効果を挙げたと報告されている。ムコ多糖症Ⅲ型でも企業主導で治験が進んでいる。AAVを用いて欠損酵素を脳内に投与する方法であるが、uniQure社、Lysogene社が臨床開発を行っている。
遺伝性疾患での遺伝子治療のまた網膜色素上皮に発現しているREP65の遺伝子変異によるレーバー先天盲の、Spark社が行ったAAVによる遺伝子治療も第3相試験で視機能の改善という主要評価項目で有意な結果が得られたと、15年10月に発表された。これも承認に近いかもしれない。
がんの遺伝子治療
がん領域での遺伝子治療の進歩も目覚しい。特に腫瘍細胞内だけで増殖し腫瘍崩壊を引き起こす単純ヘルペスウイルスであるTalimogene Laherparepvec(T―VECとも呼ばれる)は15年10月に米国食品医薬品局(FDA)でメラノーマに対して承認された。
また改変型T細胞を用いたがんの遺伝子治療も、非常に良好な成績を上げている。これは腫瘍障害性のあるTリンパ球に腫瘍特異的T細胞受容体を発現させたり、CAR(chimeric antigen receptor)を発現させたりして、腫瘍への集積性を高め、対外で増幅することにより体内に大量に輸注するというものである。急性白血病(特に小児の)で著明な効果が上がったと報告されている。
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以上、遺伝子治療はどうも「まだまだうまくいっておらず、相当未来の治療法」という誤ったイメージがあるが、実際は承認薬もあり、大きな展開を見せている治療法であることをご理解いただきたい。