<6>養子縁組という選択肢 共同通信社社会部 金子美保
シリーズ遺伝相談 総論編6
養子縁組という選択肢
共同通信社社会部 金子 美保
「いつか私はこの世にいなくなるけれど、この子たちの中に私が生きていて、私というものが子どもを通して未来につながっていく」
特別養子縁組で母親になったある女性の言葉が印象的だった。子どもとは何かとの問いにこう答え「そのためには自分で産む、産まないにかかわらず、子どもと経験を共有し、気持ちを分かち合うことが大事なのだ」と続けた。そのときの取材を思い出しながら、親から子へ引き継がれるのは、生物としての遺伝子だけではないのだと、今あらためて考えている。
年間500件
晩婚・晩産化の影響で不妊に悩むカップルが増えている。だが、子どもを迎えるための選択肢として養子縁組を考える人はまだ少ない。生殖補助医療の進歩によって選べる治療法が増え、いったん不妊治療を始めると治療を終えるのが容易ではないということも要因の一つだ。価値観が多様化したとはいえ、子どもに遺伝的なつながりを求める人が多いことも背景にある。
ライフスタイルの変化で出産年齢は年々上昇し、第1子出産時の平均年齢は2011年に30歳を超えた。国立社会保障・人口問題研究所の10年の調査によると、不妊治療や検査を受けたことがある夫婦は約16%で、6組に1組が経験していた。晩婚化に伴い、加齢による不妊に悩む人はさらに増えているとみられる。
一方、原則6歳未満の子どもを夫婦が引き取り、戸籍上も実子と同じ扱いになる特別養子縁組の件数は、14年は513件。家庭で育てられず、乳児院や児童養護施設で暮らしている子どもが3万人以上いることを考えれば、ごく一部に過ぎない。
長引く治療
不妊治療は「出口の見えないトンネル」に例えられる。不妊の原因ははっきりしないことも多く、100パーセント妊娠できる保証はないが、逆に年齢が進んでも妊娠する可能性がゼロとは言えない。
タイミング法に始まり、人工授精、体外受精と治療は進む。顕微授精や、受精卵の凍結技術も普及している。目の前にある可能性に手を伸ばさないことは苦しく、治療に見切りをつけるのは難しい。「途中でやめれば今までの努力が全部『無』になってしまう、と考える人は多い」と、ある生殖心理カウンセラーは言っていた。
不妊治療中の女性に子どもがほしい理由を尋ねると、「夫と自分の子どもがほしいと思うのは自然なこと。それ以上の理由なんてない」と返された。海外に渡航して卵子提供を受けた女性は、自分のおなかの中で夫の子どもが育つことが重要なのだと言った。
橋渡し
ただ、どんな治療をしても誰もが子どもを授かることができるわけではない。治療以外のことが見えなくなってしまう夫婦に、別の選択肢も知ってもらおうと、特別養子縁組や里親制度の情報を提供する不妊治療クリニックもある。
あるクリニックでは初診時、夫婦全員に配布する冊子に不妊治療がうまくいかないときの心理状態や、気持ちを整理するためのアドバイスを記載。特別養子縁組や里親制度も紹介し、乳児院や児童相談所の連絡先を記している。
このクリニックで患者13人に実施した調査では、ほぼ半数が「里親や養子縁組の選択肢も将来的には考える」としたが、具体的な情報は持っていなかったという。
別のクリニックでは、望まない妊娠などで親が育てられない赤ちゃんを、親になりたい夫婦に橋渡しする民間団体の説明会を院内で開いている。
これら二つの取り組みはいずれも、長く治療を続けても妊娠がかなわない夫婦に、後悔のない人生を歩んでほしいとの願いが原点にある。
子どもの幸せを
特別養子縁組を仲介するこの民間団体の代表に夫婦と子どもの組み合わせをどうやって決めるのか、尋ねたことがある。「この子の荷物を一緒に抱えてくれる人は誰だろう。苦しみにもだえるとき、ずっと寄り添ってくれるだろうかということだよ」と教えてくれた。
不妊治療をやめ、養子を迎えることを決めた女性は「子どもがほしいという気持ちより、子育てがしたいという思いが強いことに気付いた」と話した。30代後半で結婚した女性は養子で2人の子どもを迎えた。知り合うまで他人だった夫と夫婦になったように、子どもとも時間をかけて家族になる、と感じている。
血のつながりのある子どもがほしいという願いは切実だ。ただ、それだけが親子ではないということも、養子などで子どもを迎えた家族が証明している。最も重要なのは生まれてくる子どもの幸せを考えること。多様な家族観を認め合い、全ての子どもが、親となる大人に育てられる社会を目指したい。