新甲氏 |
子宮頸がん制圧に向けて
新甲さなえ女性クリニック(広島県広島市) 新甲さなえ
HPVの研究に熱中
子宮頸がんがヒトパピローマウイルス(HPV)の感染によって発症することは、今から30年前にドイツの研究者ハラルド・ツア・ハウゼン博士が提唱しました。当時はにわかには信じがたい学説でしたが、今では皆さん当然のごとくよくご存じのこと思います。その後HPVの研究はワクチン開発の時代へと発展し、ついにWHOの勧告を受け、諸外国に後れを取りつつもわが国でもようやくHPVワクチンが定期予防接種に組み込まれたのは、つい最近のことです。
さて、私とHPVとの関わりは卒後2年目にさかのぼり、母校広島大学産婦人科腫瘍研究グループのメンバーが、ツア・ハウゼン博士に一通の手紙を送ったことから始まります。博士は後の2008年に、HPV研究の功績をたたえられノーベル医学賞を受賞されることになるのです。
クリニックの様子 |
当時いち早くHPV感染説に注目したそのメンバーは研究を始めるに当たり、無謀にもHPV16型・18型DNAを分けてほしいと博士にお願いしたのでした。どうせ駄目だろうとあきらめかけていた数週間後、ドイツから小包が届き、なんとその中にのどから手が出るほど欲しかったHPVDNAが! 広島大学はここから密かにHPVの研究に着手しました。そのころ私は個人的な事情から広島を離れ故郷福岡に帰り人生をやり直そうと決心していたのでしたが、そんな私を広島に引き止め夢中にさせたのがHPVでした。
子宮頸がんは征圧できる
当時学会ではHPV感染説に対して半信半疑でしたので、研究成果を発表するたびに手厳しい批判、質問を受け、打ちひしがれて演台を降りたものでした。
あれから20年、われわれHPV研究のパイオニアが待ちに待ったワクチンの登場でした。さらに、子宮頸がん検診にHPV検査を併用すべきという学位論文の結論が、実現されました。HPV研究の黎明期に携わった私にとって、妊娠適齢期を忘れて研究に没頭した十数年は決して無駄ではなかったのだと、感慨ひとしおの今日このごろです。
HPVワクチン接種と検診率を80%以上保てば、理論的には子宮頸がんは征圧できるといわれています。がんが制圧できればそれこそ人類初です! 現にオーストラリアでは、高度異形成の発症率は低下し始めており、ワクチン接種の効果が実証されています。その一方で、ワクチン接種に待ったがかかった日本では、接種率のみならず検診実施率も低く、このままいくと10年後には子宮頸がんは日本の〝風土病〟となり、根治術が執刀できる医師は日本にしかいなくなる、などと不名誉なことも言われています。
大切な思春期の健康教育
というわけで、私は思春期や避妊教育とは全く無縁な腫瘍医として勤務医生活を送っていたのですが、HPVワクチンと子宮頸がん検診の啓発活動を通じて思春期の健康教育に少しだけ関わることになりました。その後産婦人科医会の業務として別府で行われた性教育指導セミナーに初参加し、思春期健康教育の重要性に気付かされそして触発されたのでした。
そのあたりから人生の方位磁石が徐々に向きを変え始め、さらに2015年、日本産婦人科医会性教育指導セミナーが広島で開催されることが決まり、針はさらに大きくふれ、予想外の方向に突き進みつつ現在に至っております。残念ながら性教育の現場ではまだまだ初心者の域を出られず、日々勉強です。これからの日本を支える若い世代に生きるための性を正しく楽しく理解してもらえるよう、地道に講演活動を続けたいと思っております。
そして、子宮頸がん検診とHPVワクチンの啓発はこれからもHPV研究のパイオニアとしての私の使命と感じています。全ての女性がHPVワクチンを接種し検診を受けてくれること、それによって子宮頸がんが地球上からなくなることが私の切なる願いです。
【略歴】
1960年福岡県生まれ。1986年広島大学医学部卒業。広島大学医学部助手、土谷総合病院、呉医療センター勤務を経て2007年4月より現職。広島市医師会常任理事、広島県産婦人科医会常任理事、日本産科婦人科学会専門医、日本臨床細胞学会細胞診指導医。