平成20年 健やか親子21全国大会「静岡大会」
(社)日本家族計画協会クリニック 北村邦夫
2000年11月、厚生省児童家庭局(現厚生労働省雇用均等・児童家庭局)局長の委嘱による「健やか親子21検討会」が報告書をとりまとめた。ここには、
(1) 思春期の保健対策の強化と健康教育の推進、
(2) 妊娠・出産に関する安全性と快適さの確保と不妊への支援、
(3) 小児保健医療水準を維持・向上させるための環境整備、
(4) 子どもの心の安らかな発達の促進と育児不安の軽減 、
という4つの取り組むべき課題が設定されているが、今回は「思春期の保健対策の強化と健康教育の推進」について、特に「思春期のリプロダクティブ・ヘルス/ライツ」を中心に、その現状と問題点を明らかにし、今後、日本思春期学会としてどのような取組が期待されているかなどを提言することとした。
「健やか親子21」は、21世紀の母子保健の主要な取組を提示するビジョンであり、関係者、関係機関・団体が一体となって推進する国民運動計画と位置づけられている。同時に、安心して子どもを産み、ゆとりを持って健やかに育てるための家庭や地域の環境づくりという少子化対策としての意義と、少子・高齢社会において国民が健康で元気に生活できる社会の実現を図るための国民健康づくり運動である「健康日本21」の一翼を担うという意義を有している。
名称については、主として母子保健が対象となるものの、目指すものが、父親や広く祖父母も含め、親と子が健やかに暮らせる社会づくりにあるため「健やか親子21」という名称が使われている。この国民運動計画の対象期間は2001年から2010年までの10年間とし、中間の年となる2005年に実施状況を評価し、必要な見直しを行うこととしている。
この中で、特に、「思春期の保健対策の強化と健康教育の推進」についての概要は以下の通りである。
以下、特に「思春期のリプロダクティブ・ヘルス/ライツ」のテーマに絞って、現状や問題点、取り組むべき課題などについて論じた。
1999年の母体保護統計報告によれば、20歳未満の中絶は39,637年で前年比4,885件増と過去最高になっている。女子人口千対の中絶実施率は、1997年7.9、1998年9.1、1999年10.6と年々増加し、この世代の性行動に大きな変化が生じたことを示唆している。他の年齢層と比較するために、1955年の中絶件数を100とした場合の年次推移をみると、20歳未満の中絶の増加が更に顕著となっている(図)。
これを裏付ける調査結果が明らかにされた。日本性教育協会が行った「わが国の中学生・高校生・大学生に関する第5回調査報告」によれば2)、「セックス経験のある」中学生は男子3.9%、女子3.0%、高校生男子26.5%、女子23.7%、大学生男子62.5%、女子50.3%と、大学進学を契機に急増することがわかる。さらに「セックスをするときに、避妊を実行していますか」と問うと、「いつもしている」高校生は男子51.5%、女子47.6%、大学生男子66.0%、女子65.9%であり(図)、その際に採られる避妊法は、コンドームが9割を超えるという結果であった。また、「エイズや性感染症などのことが気になりますか」と「セックスをするとき妊娠の可能性が気になりますか」については、高校生の場合、「性感染症のことが非常に気になる」が男子24.9%、女子22.6%、大学生では男子9.3%、女子34.1%、「妊娠のことが非常に気になる」高校生男子58.6%、女子54.2%、大学生男子64.8%、女子68.8%で、彼らにとっては、性感染症(STD)よりも妊娠のことの方が気になるという回答が得られている。
しかし、このような思春期の性の実態を知りつつも、頭ごなしに彼らの性を否定する大人達は、若過ぎるからとか、結婚前の性交は思慮が足りないとか、モラルが欠如していると片づけてしまうことが多い。これでは、彼らの安易な性行動をとがめる前に、学ぶチャンスを与えようとしない私たち大人の責任を問うべきではないだろうか。
世界人口白書3)には次のような一節がある。「女性が自分自身の出生力をコントロールすることは、すべての自由の源となる自由である」。女性たる者、自分が妊娠する性であることを十分認識した上で、女性主導型の避妊法を実践すべきだというメッセージである。しかし、現状はといえば、女性が主導権を握るどころか、避妊に対する知識の曖昧さや避妊を男性まかせにする姿勢だけが目立っている。
日本産科婦人科学会が19歳までに妊娠状態終了した1,615例について行った調査4)によれば(図)、避妊を「いつも行っていた」14.6%、「時々していた」68.7%であり、避妊をこれまでに一度でも行ったことのある人は8割を超えてはいるものの、望まない妊娠を回避するための積極策が講じられていたかについては甚だ疑問である。彼らが使用してきた避妊法は78.6%がコンド-ム、ついで性交中絶(膣外射精)2.6%、オギノ式0.4%、ピル0.2%であったが、結果は妊娠。このように、避妊の主導権を男性に握られながら、女性が望まない妊娠を回避し得るとは考え難い。
思春期に限ることではないが、避妊法の選択にあたっての理想条件としては、
<1>避妊効果が確実、
<2>安価、
<3>使い方が簡単、
<4>副作用がなく、仮に避妊に失敗しても胎児に悪影響が及ばない、
<5>性感を損ねない、
<6>女性が主体的に取り組める、
などが挙げられる。これら理想条件を完全に満たすことのできる避妊法は残念ながらない。
わが国で最も広く使用されているコンドームについても、ゴムや潤滑剤にアレルギーを示したり、性感を損ねると訴える人がいるものの、安価で使い方もさほど難しくはなく、AIDSを始めとしたSTD予防の唯一の用具としての利点は評価に値する。しかし、男性の性器に装着する用具であって、女性が主体的に使用できない欠点があるし、100人の女性が最初の1年間にこれを使用しての妊娠率(失敗率)は、理想的な使用では3人、典型的な使用では14人という悲観的な結果が出ている5)(図)。
それでは、ピルが理想の避妊法なのだろうか。ピル服用直後の数日間とはいえ悪心、嘔吐などの副作用はよく見られることであるし、医師の処方箋なしには手にすることができない、飲み忘れが許されない、セックスと関係なく服用を続けなければならないなどの煩わしさがある。その一方で、女性が自らの意思で取り組める避妊法であること、さらに理想的な使用での失敗率が0.1と極めて低いことは大きなメリットである。このように、避妊法にはそれぞれに一長一短があるので、その避妊法の特徴や使用法を十分に知るとともに、使用する人の年齢や立場、妊娠をどう受け止めているか、性交頻度、結婚の可能性、避妊法選択に当たっての禁忌がないかなどを考慮した上で、自ら選び取っていくことになる。
最近では若者達の避妊法選択に有用な低用量ピルの登場に加えて、女性用コンドームや殺精子ゼリー付きコンドームなども販売されている。さらに、避妊できなかったとか避妊に失敗したなどに際し、緊急避妊法6)という最後の避妊手段があることも情報として知らせおきたいものだ。
私どもは、主として高校生や大学生など若い世代を対象とした思春期外来を開設しているが、近年特に目立つのがクラミジアを始めとしたSTDの蔓延である。クラミジアは、40年も前ならばトラコーマという結膜炎としてよく知られていたが、今では世界で最も蔓延しているSTDとなっている。
東京都内の産婦人科を何らかの理由で受診した女性について、クラミジアを疑って検査したところ、感染率は概ね10%前後、そのうち15歳から19歳での陽性率が4人に1人と最も高くなっている(東京都予防医学協会調べ)。
クラミジアに感染したにもかかわらず放置しておくと、男性では前立腺炎、女性では骨盤内感染症などを併発し、更にHIVに感染する危険性が3倍から4倍に増大する。妊婦などでは、生まれた子どもの結膜炎や肺炎などが問題になることもある。尖形コンジロームに感染したことのある人については、HIV感染率は11.4倍にも増加する7)。こう考えると、クラミジアをはじめとしたSTDの早期発見、早期治療こそ、HIV感染予防の近道だと言うべきである。
クラミジアや淋菌が、最近では性器からだけでなく咽頭粘膜からも検出されるようになった。オーラルセックス(口腔性交)の結果だ。性行動の多様化は、STDの感染経路にも大きく影響を及ぼしている。性器から性器、性器から口、口から口、口から性器という具合だ。それもこれも、フェラチオと膣外射精などが主流であるアダルトビデオからセックスを学ぶ現代若者像を反映しているとは言えないだろうか。
それでは、STDはどのようにして予防できるか。外国などでは、ラップとコンドームが話題となっている。男性から女性の性器への刺激にはラップを使い、フェラチオや性器結合に際してはコンドームの適正な使用が推奨される。最近では、特定のパートナーとの関係の中でさえHIV感染の広りが起こっていることが問題視されている。男性用コンドームや女性用コンドームをなりふり構わず使用することで、感染から互いを守り抜く覚悟が必要である。決して、「愛しているから」などという戯言に惑わされて、無防備なセックスにならないような注意を払いたいものだ。
「健やか親子21」の狙いがそうであるように、今後は関係者一丸となって、これらの課題の解決に取り組んでいくことが求められている。以下は、それを踏まえた上での筆者からの提案である。
「健やか親子21」を国民運動として展開していくにあたり、特に思春期保健対策については、当事者の見解を聴取し、施策に反映させるために、中・高・大学生、年少社会人などからなる「若者委員会」を設置する。これは、地方行政(市町村)単位の規模から、都道府県、国のレベルにまで広げた委員会を組織するものである。この委員会を通して、若者達が施策決定に参画し、当事者としてその事業を享受し、更に評価にも加わる意義は大きい。
心身のアンバランスのために揺れ動いている思春期の子どもたちに対して、集団を対象に行う性教育などにより基本的な知識を習得させることが重要であることはいうまでもないが、合わせて個別の相談体制を整備することは急務である。電話相談もその一つであり、顔を見られない気安さがあるから本音の部分を知ることができるとも言えなくはないが、できれば直接面接できる施設や思春期専門外来などを全国的にもっと充実させることが必要である。
日本家族計画協会など民間団体を通じて、避妊・家族計画・HIV/AIDS/STDをテーマにしたクリニックを増設することが重要である。思春期専門外来での課題が、必ずしも妊娠、避妊、STDに留まらないことを補完するするためにも必要となっている。特に、緊急避妊法など、若者達に対して情報が行き届いていないのが現状であり、その情報提供と、緊急避妊ピルを処方できる施設を発展させることは、望まない妊娠の防止に大いに役立つものと思われる。
思春期保健に係る諸課題を推進するに際し、上意下達的な対応では既に不十分であることは言うまでもない。悩める若者達に適切な相談に応じることができるのは、悩みに共感できる当事者世代(ピア)である。行政としては、目的を達成するために、ピアカウンセラー養成を図り、ピアカウンセリングが遂行されるよう努力することが求められる。
性教育に取り組む際に、十代の若者たちが毎日接している様々な社会問題にも関心を持たせる必要がある。
若年者の望まない妊娠を防止する課題を全うするには、若者への避妊具の無料提供を是非とも検討すべきである。
わが国は、避妊器具などの無料提供を、「家族計画特別事業」として低所得者層に対して行ってきたが、深刻化する思春期の性行動の加速化に対処するため、その枠を、若年層にまで拡大した事業を展開することが必要である。ちなみに、フランス、ドイツ、イギリスなどでは、若者を対象に、ピルやコンドームの無料配布事業が展開されている。
以下の調査研究を積極的に遂行することが必要である。
若者達の妊娠がすべて中絶に終わるわけではない。実際には、妊娠を継続し出産を望むカップルもいるが、わが国では、家庭も学校も社会も、彼らの要望を受け止める姿勢に乏しい。若者達のリプロダクティブ・ライツの実現のために、数少ない事例とはいえ、妊娠、出産、育児を行っている若者が教育の機会を奪われることがないよう配慮したい。
「健やか親子21」では、各課題に対して推進方策を示している。基本的な理念はヘルスプロモーションにおいている。ヘルスプロモーションは、1986年にオタワで開催されたWHO国際会議において提唱されたもので、(1)住民一人一人が自らの決定に基づいて、健康増進や疾病の予防、さらに障害や慢性疾患をコントロールする能力を高めること、(2)健康を支援する環境づくりを行うこと、を2本の柱として展開する公衆衛生戦略である。従来の健康教育が、「健康」を最終的な目標にして考える傾向が強かったのに対して、ヘルスプロモーションは、「QOLの向上」を最終的な目標に据え、健康は「より良い生活のための資源の一つ」として位置付けていることが特徴である。
一例を挙げれば、従来の健康教育は「思春期のリプロダクティブ・ヘルス/ライツの向上」を目指して、専門家が思春期の子ども達やその親に対して手とり足とり指導をしていた関わりが中心であったが、ヘルスプロモーションは、思春期が抱える課題を思春期の子ども達が「豊かな人生」を送れるように、個々の思春期を支援するとともに、地域・社会の構成員が一緒に「乗り越えるべき課題」の玉を押せるように支援し、更に坂道の傾斜を緩やかにしようというものである。「乗り越えるべき課題」の玉を押す力を強くすることは、ヘルスプロモーションの柱の一つである「住民一人一人が自らの決定に基づいて、健康増進や疾病の予防、さらに障害や慢性疾患をコントロールする能力を高めること」にあたり、坂道の傾斜を緩やかにする取組は、もう一つの柱である「健康を支援する環境づくりを行うこと」にあたる。
上述したヘルスプロモーションの基本理念に基づき「思春期の保健対策の強化と健康教育の推進」を図るために、思春期保健対策を学際的な立場から推進している日本思春期学会には、その専門性を活かし、各課題に関する相談、治療、情報提供、調査研究、啓発普及、人材の育成等に積極的に関わり、住民の積極的な支援を行うとともに国又は地方公共団体の施策に協力することが求められている。具体的には、<1>思春期専門の外来・病棟等の整備、<2>児童精神科医師の確保・養成、<3>思春期の心身の保健に関する市民講座への協力、<4>産婦人科医や小児科医が日常診療において、思春期の心の問題に着目した対応の推進、などである。
(社)日本家族計画協会クリニック所長 北村邦夫
Kunio Kitamura
Medical Director, Japan Family Planning Association,Inc.
〒162-0843 新宿区市谷田町1-10 保健会館新館
c/o HOKEN KAIKAN,10-1,Ichigaya-tamachi,Shinjuku-ku,Tokyo, Japan