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一般社団法人 日本家族計画協会

機関紙

<10>がんの遺伝と発症前手術 ファルコバイオシステムズ学術顧問 権藤延久

2016年01月 公開
シリーズ遺伝相談 総論編10

がんの遺伝と発症前手術



ファルコバイオシステムズ 学術顧問

権藤 延久


がんは遺伝する?
 「がん家系」なる言葉は耳慣れたものであり、一般に「うちはがん家系だ」とか「私のところはそうでもない」などという会話はよくなされている。
 現在わが国では、長寿高齢化の影響もあり、2人に1人が一生のうちのどこかでがんにかかり、3人に1人はがんで命を落とす時代となっているので、そんなことはいくらでもあり得ることだ、遺伝カウンセリングで相談するようなことではない、となるかもしれない。
 しかしながら、こういった一般的な話の中に、実際に遺伝的な体質でがんにかかりやすい人や、さらにもっとはっきりした遺伝性のがんが潜んでいる。例えば、大腸がんや乳がんでは、いずれも一般的な生涯発症率は8%程度である。ところが、父母や同胞にその既往があるだけで、その人の生涯発症率は2~4倍にも上がることが分かっている。
 さらにまた、特定のがんが家族内に集積している場合や、発症率の低いまれながん、そして若年での発症者がいるような場合には、遺伝性のがんが疑われることになる。実際、全てのがんの5~10%はこういった、遺伝性のがん、家族性腫瘍であるということが分かってきている。この場合には、がんの発症リスクは一般の十数倍から数十倍にも跳ね上がる、ということになる。


がんの遺伝カウンセリングとは
 こういった家族や自身のがんから、自身や家族のがん発症を心配する人々、遺伝性のがんを疑う人々が、がんの遺伝カウンセリングの対象となる。
 がんの遺伝カウンセリングでは、家系および個人のがん発症リスクをより詳細に評価し、遺伝性のがんであり得るかどうかをアセスメントし、より正確な診断を行う。時には遺伝学的検査を用いた診断を行うが、こういった診断を受けるかどうか、いつ受けるのかなどの選択、そして診断とリスクに応じたがん医療対策の選択肢を提示し、その自己決定による選択をサポートするのが、がんの遺伝カウンセリングである。
 もちろん、その過程で心理社会的問題や法的倫理的問題にも対応するということが求められる。家族内でそのリスク情報をどのように伝え共有するか、就学・就職、結婚といった社会生活や人生設計、家族計画とがんの医療対策の間でどのような折り合いをつけるか、などである。


選択肢としての発症前手術
 遺伝性のがんに対する医療対策の選択肢としては、通常よりも頻繁で、感度の高い検診を、若いうちから受けるという選択肢がまずある。
 もちろん一般にがんは早期発見・早期治療が有効なのであるが、完全に、つまり根治ができて治療も負担が小さいというレベルの早期発見ができるとは限らない。場合によっては、早期発見して根治できたはずなのに再発したり、すでに進行していて抗がん剤などの副作用の強い治療やより侵襲の大きな手術を受けなければならないこともあり得る。
 そこで、発症前手術という選択肢も挙げられることになる。米国の有名な女優が遺伝子検査の結果、遺伝性乳がん・卵巣がん症候群という診断を受け、発症前に乳房(乳腺組織)と卵巣・卵管を手術で予防的に摘出したという話題は記憶に新しい。
 日本ではセンセーショナルに取り上げられたが、実はこの予防的臓器摘出手術には、古い歴史がある。家族性大腸ポリポーシスという大腸に100個以上のポリープが若年からでき、平均して40歳で大腸がんにかかるという疾患では、前世紀の前半から予防的大腸全摘手術が、標準的医療として行われてきた。
 遺伝性乳がん・卵巣がん症候群でも、現在、米国の臨床ガイドラインでは、予防的手術は乳腺に関しては"選択肢"の一つとされているが、卵巣に関しては"推奨する"とされている。手術によっては、術後の障害が伴うこともあるが、がんになってからの手術よりも、よほど侵襲が少なくて済むということもある。つまり、非常に大きながんリスクに対してはリーズナブルな医療と考えられているのである。
 しかしながら、それを当事者が自身にとってリーズナブルと考えるか、手術を決断するかはまた別の次元のことであり、ここにおいて遺伝カウンセリングが果たす役割は大きい。手術を受ける、受けないだけでなく、何歳で受けるか、その人のライフステージの中でどういった状況になれば手術を受けようと思うかということも、重要なことになる。
 発症前手術を過激な医療と捉える向きもあるようだが、遺伝性のがんで家族を亡くしている人、その闘病を目の当たりにしている人、すでにがんを発症し再発におびえる人などにとっては、発症前手術でリスクを減らせるということの価値、がんにならないで済むということの価値はとても大きいということを、広く社会にもご理解をいただけたら幸いである。

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