出生前検査の現状
聖路加国際病院遺伝診療部部長 山中 美智子
出生前検査とは
出生前検査とは「胎児の健康状態を出生前に検査すること」といえる。胎児に(先天)異常がないか、あるとすればどんな異常かを診断する。
一般診療では、問診・視診・触診・聴診・打診などの後、血液・尿検査や画像診断などさまざまな診察と検査を組み合わせて診断に至る。しかし、胎児の場合は限られた情報を基に、分娩方法を決めたり出生後のケアの準備を行ったり、胎児期に治療を行う可能性を探ったりする。胎児の生命予後をおびやかすような疾患が診断されると、緩和ケアや看取りの準備が可能となることもある。とはいえ胎児期に治療が可能なことはまだまだ少なく「妊娠を継続するのか否か」、つまり、胎児を人工妊娠中絶するのかどうかという選択を迫ることにもなる検査である。
検査法のいろいろ
胎児の状態を知る方法として最も広く一般に行われているのは、胎児超音波画像検査であろう。胎児の生存や発育状態を確認するための検査は、意図せずとも胎児の遺伝疾患を見つけることも可能となる。この画像検査においては、例えば臍帯ヘルニアのような明らかな胎児の形態異常を検出するのみならず、それ自体は病的な意義が判然としないながら染色体異常の存在を示唆する所見、すなわちNT(妊娠~14週の胎児の後項部に認められる浮腫像)のようなソフト・マーカーと呼ばれるような所見から、胎児の染色体異常の有無のためのスクリーニング検査に用いることも可能である。
同様に胎児の染色体異常の可能性を推定する方法には、母体血清マーカー検査(「胎児がダウン症候群に罹患している可能性は○分の1」というように確率で結果を示す)があり、2013年からはNIPT(non-invasive prenatal testing)と呼ばれる、より高い精度で胎児の罹患状態を母体血を用いて推定する検査も日本で開始されている。
一方、胎児の遺伝学的情報、すなわち染色体や遺伝子の状態を確実に知るためには胎児の細胞などを採取することが必要で、羊水検査や絨毛検査が行われる(表)。
日本での現状
日本では、1970年代から羊水検査が行われてきた。兵庫県での「不幸な子どもの生まれない運動」のように、公費負担で検査を普及させようとする動きはさまざまな批判を浴び、その後は比較的限定された施設で行われて来た。90年代に母体血清マーカー検査が日本に参入し、胎児に侵襲を伴わずに簡単に胎児の情報を知る検査法が「安心をあなたの手に」などの宣伝文句とともに企業から売り出され、広く普及しかけたために、厚生科学審議会先端医療技術評価部会・出生前診断に関する専門委員会から、「先天性障害や遺伝性疾患に関する専門的な相談(カウンセリング)の体制が十分でないことを踏まえ」て検査の実施に慎重さを求める「母体血清 マーカー検査に関する見解」が99年に出された。
こうした流れの結果、全妊婦に出生前検査を提供するマス・スクリーニングとしての普及は免れて来たものの、実態としては母体血清マーカー検査も羊水検査も、遺伝カウンセリング体制を整えていない病院や診療所で実施されてきており、それぞれの検査は日本の出生数の2%前後に当たる妊婦が受けている(図)。
絨毛検査は、羊水検査に比べると技術的に難易度が高くなることから、国内での実施件数は年間数十件とごく限られていた。しかし最近では、胎児のスクリーニング検査を専門に行うクリニックが出現し、一つのクリニックで年間千数百件の絨毛検査を行っているとホームページなどで公表しているところもある。
このような状況下で、NIPTが日本でも実施されることとなり、胎児に侵襲を伴わずに高い精度で児の遺伝情報が得られる方法として、新聞やテレビなどで大きく取り上げられた。安易な普及に危惧を呈した日本医師会、日本医学会などの関連学会から「臨床研究として、認定・登録された施設において慎重に開始されるべきである」との共同声明が出され、遺伝カウンセリングや妊婦のフォローアップ体制が整った施設に限定して、2013年から臨床研究として開始された。15年5月現在、国内50施設でのみ検査が可能である。
NIPTを多施設研究として行っているNIPTコンソーシアムからは、年4月から1年半に1万2782人が検査を受け、病気の疑いがある「陽性」と判定されたのは1・7%の219人で、羊水検査などで確定された201人のうち83%に当たる167人が人工妊娠中絶を選択し、妊娠継続を望んだ妊婦は4人、26人が流産・死産となったことが公表されている。
出生前検査の行方
妊婦の高齢化が進む日本では、出生前検査のニーズが高まり、NIPTもより多くの施設で実施可能となる方向で進んで行くと思われる。NIPTは、胎児の染色体のみならず、全ての遺伝情報を知ることも可能な技術であり、「遺伝子による選別」を可能にする技術でもある。映画「GATTACA(ガタカ)」の世界が現実になるかもしれない。
出生前検査という技術を利用するかどうかは、あくまで妊婦個人の自律的な決定に委ねられるべきである。それをきちんとサポートできる遺伝カウンセリングが行える施設の充実はもとより、この新たな技術を社会の中でどう使っていくのかという議論が必要とされている。