河野 美江 |
困ったらいつでも相談してね
島根大学保健管理センター(島根県松江市)
河野 美江
正しい性の知識を伝えなくては!
産婦人科医になって12年目、思春期外来に訪れる拒食症の女の子たちへの対応を学ぶために、臨床心理士の資格を取りました。10代の中絶率がピークだった2000年に、新米スクールカウンセラーの私が病院勤務の合間に出掛けた中学校で見たものは、病院とは全く異なった光景でした。
「お母さんの彼が来ている間、外出して友達と遊んでいるよ」「親が夜いないから、友達の家で泊まっているの」「化粧しないとすっぴんは恥ずかしい」と口にしながら、寂しさに付け込む男性に引かれ、性交渉を持つ少女たち。私が驚いたのは、養護教諭が妊娠や性感染症の可能性を告げ受診を勧めても、「忙しいですから」「あの子の責任」「大丈夫です」と受診を拒む少女の母親たちの存在でした。
「患者は病院に来るもの」と信じていた私にとって、地域や学校には受診しない患者がたくさんいるということは衝撃でした。だったら、学校で生徒たちに教えるしかない。これが「性教育をやらなくては!」と思ったきっかけです。
自分の力に気付いてほしい
学校で与えられる時間は多くて60分。子どもたちの注意は、そう長くは続きません。ですから、中学生には「赤ちゃん このすばらしき生命」(販売=日本家族計画協会)を15分間見せ、「あなたたちも14、15年前には必ずお母さんから生まれています。もう忘れてしまったかもしれないけど、思い出してね」と始めます。親がいない子、父母が不仲な子もいます。でも、どの子も母から生まれ、乳幼児期を経て、大きくなってきたこと、自分の力と周囲の支えによって今の自分があることに気付いてほしいと思います。そして、妊娠・避妊、性感染症、性の多様性、付き合うということについて、「大切な話だから、絶対覚えておいて。そして困ったらいつでも相談してね。あなたたちの周りには助けてくれる大人がたくさんいるよ」と呼び掛けます。講演から受診につながることも少なくはありません。
つながることが力になる
私は年間約20の中学校・高校に出掛けますが、生徒たちにとっては、たった1回きりです。性の知識が生徒に浸透するためには、何度も繰り返し話を聞くことが必要です。
幸い、05年度より島根県教育委員会の健康相談アドバイザーに任命され、養護教諭の先生方と一緒に「性に関する指導の手引き」を作成し、全県下共通で性の健康教育を行えるようになりました。07年には「女の子のためのER」というメール相談を始め、14年には女性弁護士、臨床心理士らと「しまね性暴力被害者支援センターさひめ」を開設しました。電話やメールでの相談から、弁護士相談、カウンセリング、産婦人科医療につなげています。
避妊教育ネットワークに入ったのは2年前。全国の専門家から性に関する最新情報を教えていただけるのは、とても貴重です。子どもたちに「困ったらいつでも相談してね」と言っていますが、私自身も多くの方に支えられ、安心して子どもたちの相談に乗れるということを実感しています。
子どもたちの母親も守るべき存在
学校で性教育の話をするようになって約20年。当時中学生の母親であった方々の年齢をとっくに超えました。今になると「あのときの中学生のお母さんたちもつらかっただろうな」と感じます。
シングルでの子育て、反抗期の子ども、パートナーからのDVなど、いろいろな問題を抱えていたのでは、と思い出されることがあります。
本当は、子どもの受診を勧める前に、まず母親の気持ちをほぐすことが必要なのでしょうね。
これからも自分なりにコツコツと、母と子どもの「性の健康」を守り続けていきたいと思います。
研究集会での発表の様子。研究テーマは「大学生の性暴力被害」について
【今月の人】 河野 美江
日本産婦人科学会専門医、日本臨床細胞学会専門医、臨床心理士。1987年、佐賀医科大学卒。94年、学位取得(医学博士)。島根医科大学、島根県立中央病院、松江生協病院勤務を経て、2008年、島根大学保健管理センター採用、10年に同大学准教授。15年より学長特別補佐(男女共同参画担当)。一般社団法人しまね性暴力被害者支援センターさひめ理事。