谷口 久枝 |
心を満たして、生き生きと
やぐちレディースクリニック(大分県佐伯市) 谷口久枝
知識を使うために必要なものは?
「そんなこと分かっている。でも、好きな彼から迫られたら、断れないよ!」。こんな言葉を言われたことがあります。
生きるための性教育を行おう、生きるために必要な正しい知識を理解してほしい、という思いを込めて、子どもたちには、「困ったら支援できる友達と、大人と、さまざまな社会資源とつながってね」「いつでも相談をしてね」とメッセージを送っています。
しかしながら、知識があっても使えないということが、現実には起こってしまうのです。断っていいと分かっていても断れない、助けを求められない、束縛や支配は愛じゃないって分かっていてもそうしてしまう、相手を待つことができない...こういうことがなぜ起こってしまうのでしょう。
せっかく身に付けた知識も、それを生かすためには、「断っても大丈夫」「相談しても大丈夫」「距離をとっても大丈夫」と思えることが大切なのです。それには、信頼関係、自己肯定感、安心感などが必要になってきます。
生き抜く力を付ける教育を
以前は、性教育のみならず、禁煙支援や防災教育など、多くの分野において、危険性のみを強調した「おどしの教育」が行われていました。近年、そのような病気や災害に対する恐怖を植え付ける教育には、限界があり、時には弊害さえあることが分かってきています。かわって、生きていくことには、多くの楽しみや喜びがあり、その一方でいろいろなリスクと隣り合わせという面もあります。
だからこそ、必要な知識を身に付け、たくましい心と体で「生き抜く力を付ける教育」が必要とされています。
心のエネルギーを充電する
以前、禁煙アドバイザー養成講座を受講したときに「いいこと探しゲーム」を体験しました。これは、ペアになってお互いに今日あったいいことを聞き合うゲームです。うれしかったことを思い出すと元気が出て、それを人に聞いてもらうことで、さらに元気が出ます。また、うれしい話を人から聞くことで、聞いた方も元気が出る、そういうゲームです。
私が性教育の講演会を行う際には、最後の方で、「わくわくゲーム」といって、最近あったうれしかったこと、わくわくしたこと、「やったぜ!」「すてき!」と感じたことなどをおしゃべりしてもらうゲームを行っています。時間にするとわずか45秒間ですが、1時間の講演で、ちょっと疲れた子どもたちの顔が、このゲームを通して、実に生き生きとしてくるのが分かります。何人かに発表してもらうと、「今朝、自分で起きることができた」「給食がおいしかった」「昼休みにバスケをした」等々、さまざまな回答があります。
「自分では当たり前だと思っていたことがありがたいことだった」「喜びのツボは人によって違う」「何かしら元気が出た」といった感想も出てきます。これらの感想から、「感謝」「お互いの違いの発見」「達成感」などを感じ、それらの気付きが心のエネルギーになっていることが分かります。
中には、そんな余裕がなく、つらそうな生徒、つまらなさそうな生徒もいます。「聞いているのもOK」「話したいことだったら何でもOK」「もし、つらそうな友達がいたら、『話を聞くよ』って話し掛けてね」などのメッセージも伝えます。みんなの楽しい話から、自分の楽しいことを発見したり、自分の気持ちを誰かに聞いてもらったりするきっかけになるかもしれません。
自分で心のエネルギーを充電する「自己承認」の習慣と、友達の充電のお手伝いをする「他者承認」の習慣が育てばと思います。そして、エネルギーいっぱいの心で、身に付けた知識を最大限に活用して「生き抜くこと」を応援しています。
「わくわくゲーム」をする生徒らの様子
【今月の人】 谷口 久枝
1986年、熊本大学医学部卒業。宮崎医科大学(現宮崎大学医学部)大学院修了。大分市医師会立アルメイダ病院、宮崎県立延岡病院等の勤務を経て、99年より現職(院長)。思春期講演会、婦人健康講座などを行っている。