塚田 訓子 |
生きてさえいれば、いつかきっと!
アトラスレディースクリニック 塚田 訓子
女子少年院での性教育
杉並区高円寺の駅前で、小さな婦人科クリニックを開業して5年がたちました。現在は、主に休診日の月曜日を利用して、性の健康教育を行っています。
私が性に関する講演を始めたのは、今から15年ほど前。医局から派遣された女子少年院「紫明女子学院」での仕事がきっかけでした。女子の犯罪には、男性との対等とはいえない恋愛関係が大きく影響していることを知り、避妊や性感染症予防など自らを守るすべだけでも身につけてほしいとの思いで、月1回の性教育講座を開始しました。
気持ちだけが先走り、今考えるとずいぶん押しつけがましい講演をしていたと思いますが、この仕事が私の人生を大きく変えたと言っても過言ではありません。
自殺なんてもったいない
子どもたちに性のお話をするに当たり、常に肝に銘じていることは、どんなに配慮をしたつもりでも、その講演によってこの中の数名を傷つけてしまう可能性がある、ということです。性虐待や性被害を受けたことのある子ども、すでに中絶の経験がある子ども、家族や友人との関係がうまくいっておらず自分の居場所はどこにもないと思っている子ども...。同じ学年、クラスの中にもさまざまな環境で暮らしている子どもがいます。誰からも愛された記憶がない、自分なんか消えてしまえばいい、と自己肯定感を持てずにいる子どもに、通り一遍の命の尊さ、素晴らしさを訴えてみたところで、心には何も響きません。
それでもやはり彼らには、とにかく生き抜いてほしい、というメッセージを送り続けています。「今、どんなに生きることがつらくても、どうか石にかじりついてでも生きてほしい。死にたいほど嫌なことがあれば、そこから逃げたっていい。生きてさえいれば、いつかきっとよかったと思えることがあるから。いつかはみんな寿命がくる。そのときまでは自殺なんてもったいないことはやめて、頑張って生きてみようよ」。講演のときに必ずお話しする言葉です。
ネット恋愛と草食系
スマートフォンの普及で、これまでなら出会うはずのなかった遠い地域の人々とも、ネットを通じて簡単に知り合えるようになりました。LINEやSNSは大変便利なツールですが、使い方を一歩間違えればいじめの場となり、性に関するトラブルや犯罪につながることもあります。これまで同様、避妊や性感染症予防を教えることはもちろん大切ですが、最近の講演ではまず正しいインターネットの使い方から話を始め、男女の対等な付き合い方について子どもと一緒に考えることにしています。
ネットで恋愛が始まる子どもがいる一方で、リアルな恋愛に興味を持たない草食系と呼ばれる子どももいます。あるとき、高校男子がくれた感想文に「なぜ二次元の恋愛ゲームは駄目なのですか。誰も傷つかないし、性感染症にもならない。妊娠もしない。僕はずっと二次元の世界でいいです」とありました。この子がリアルな恋愛をするために、私は何を話すべきだったのか、思わずうなってしまいました。
二次元のゲームはあくまで作りものの世界、そこに他者と分かち合える喜びはありません。恋愛は自分の思い通りにならず傷つくこともたくさんあるけれど、その分大好きな人と思いが通じ合ったときの喜び、幸福感は掛け替えのないものです。傷つくことを恐れずに愛する人とリアルに関わり、性の素晴らしさを知って人生を豊かにしてほしい。「生きてさえいれば、いつかきっと!」と、子どもたちに語りかけながら、私自身もこの言葉に励まされ続けているのです。
大学での講義風景
【今月の人】 塚田 訓子
1999年旭川医科大学医学部卒。札幌医科大学附属病院産婦人科、レディースクリニックぬまのはた医長等を経て、2010年より現職。静修会荒川寮「女性の健康を考える会」講師、東京産婦人科医会学校保健委員。