種部 恭子 |
死ぬこと以外はかすり傷
女性クリニックWe!TOYAMA 種部恭子
反面教師から得た教訓
性教育に携わるようになった24年前、若さ以外に取り柄のないお粗末な性教育をしていたことだろうと思いますが、当時も今も変わらない性教育のスタンスが、説教をしないこと、脅しや罰を与えないことです。
自己紹介を兼ねて随所で述べておりますが、私は、高校生のときに受診した産婦人科で、人生で初めて出会った産婦人科医の態度、言葉、診察の環境、全てに大きな衝撃を受け、「二度と行くもんか」と思ったことが、医学部を目指した理由です。廊下とカーテンで仕切っただけの診察室で「セックスの経験はあるのか?」と聞かれ、「なぜその質問に答えなければいけないのか」と言った途端に不機嫌になった、体も態度も大きな男性医師は、意味の分からない説教を始めました。説教は嫌いです。いったい誰様の物差しで人を見ているんだ、こんな人に女性の気持ちが理解できるわけがない、こんな人が産婦人科医であることが許せない、だから自分が産婦人科医になってやる、という当時の怒りは、今も仕事の原動力であり続けています。
反面教師から得た教訓は、自分の物差しで人を決めつける大人は信頼できない、ということです。
問題の背景はさまざま
最近、居場所のない子を多く見かけます。自分が生き延びるために、望まない妊娠や性感染症のリスクを引き受けている子どもたちです。このような子どもたちに、産婦人科医の物差しを振りかざして、教育の場で「望まない妊娠はよくない」「中絶を繰り返してはいけない」「クラミジアは不妊の原因になる」「不特定多数の相手とセックスするのはよくない」というのは、脅しや嫌がらせにすぎません。
それぞれの人生で起こる問題には、本人が予期しなかったこと、希望しなかったこと、希望してもかなわなかったこと、さまざまな理由や状況があるはずです。どのような状況であれ、不安になり、助けを求めて産婦人科に来るのですから、本人が困っていることを解決してあげればいい。困らないような手段を一緒に考えてあげればいいし、それが不可能なら、また助けてあげればいいだけ。性の健康教育も同じです。
私はあなたを見捨てない
修正が利く失敗は、何よりの学習です。何度も修正が必要な子どもは、学習ができないか、学習してもその通りに行動できない何らかの理由があるだけ。失敗だと思っていないなら、そんな人生もあり。プロとして情報は提供するけれど、どのような選択をしても「私はあなたを見捨てませんよ」、どんな状況に陥っても「死ぬこと以外はかすり傷」というのが、性教育の講演の結語です。
100%という避妊法がない限り、中絶の負荷を小さくする努力をします。クラミジアに感染しても修正してあげたいから、体外受精をやっています。育てることができなかった若年出産が、心のペナルティーにならないよう、子育てを希望する不妊治療卒業生に里親研修を提案しています。
「死ぬこと以外はかすり傷」はどなたかの一言の引用ですが、私が思春期の診療でも性教育でも目指してきたことをたった一言で表しています。
講演に呼んでくださる学校の立場も尊重しなければならないので、中学生には「No sex」「Safer sex」と教えていますが、本当はそんなこと言いたくないのです。中学生、高校生が性交をしてはいけない明確で明白な理由を説明できないからです。できれば義務教育で、生涯の健康を語る中で、「Happy sex」「かすり傷は私に任せて」と教えることができる日が来ることを待ち望んでいます。
高校での性教育講演会
【今月の人】 種部 恭子
1990年、富山医科薬科大学医学部卒業。同大学、済生会富山病院などを経て、2006年より現在のクリニックで勤務。富山県教育委員会教育委員。2009年、第41回中日教育賞。2013年、第17回松本賞および日本家族計画協会会長表彰受賞。