本会家族計画研究センター 2013年度 事業実績報告
HPVワクチン、ピルと血栓症などの課題に取り組む
「HPVワクチン 定期接種は止めないが、積極的な勧奨をしない」「ピル服用女性に血栓症死亡例」「経口中絶薬の安易な個人輸入は危険」などセクシュアル・リプロダクティ ブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)をめぐって世の中が慌ただしく動いている。本会家族計画研究センター(以下、センター)では、クリニック、電話相談、 調査・研究、セミナーの開催、講師派遣事業、メディア対応、ロビー活動など多岐にわたる事業を展開しながら、これら国民が抱えるさまざまな疑問や不安に答 える取り組みに余念がない。以下、2013年度の本会家族計画研究センターの一年の軌跡をたどってみた。
(本会家族計画研究センター所長 北村 邦夫)
HPVワクチン接種止まる
子宮頸がんを予防するHPVワクチンの接種について、2013年6月14日に、国が「定期接種は止めないが、積極的な勧奨をしない」と発表したために、公費負担する側(行政)、接種する側(医療機関)、接種される側(個人や学校・家族)での混乱が続いている。
国が「HPVワクチン接種後に、頻度は少ないものの、原因不明の持続的な疼痛が見られた事例が複数報告されていることから、この副反応の発生頻度等がより明らかになり、国民に適切な情報提供ができ るまでの暫定措置として、定期接種を積極的に勧奨すべきではない」との結論を出したことがきっかけだ。その後も検討会は12月と今年の1月、2月に開催さ れたものの、5月末現在「積極的な勧奨をしない」という方向は変更されてはいない。当センターは2006年6月から4価HPVワクチン『ガーダシル』の臨 床試験に協力した経験があることから、ワクチン接種の重要性を訴える気持ちに揺らぎはないが、国の決定以降、当センターでのワクチン接種も止まったかのよ うな状況が続いている(図1)。特に、2013年6月以降の初回接種者は1例に過ぎない。また、初回時の接種年齢を見ても、全体の92・9%が公費助成なしに接種していることが当センターの特徴であるとも言える(図2)。
筆者は、2014年1月30日に子宮頸がんを考える市民の会、1月31日には日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会・日本婦人科腫瘍学会・子宮頸がん征圧 をめざす専門家会議の4団体主催のプレスセミナーにおいて、「何かをやって失敗するのと、やらずに失敗するのとでは、どちらの罪が重いのだろうか。予防接 種ワクチンの副反応は大きく取り上げられるが、予防接種をしないことの将来的な損害については、あまり注目されていない」という科学技術社会論研究者、佐 倉統さんの言葉を引用してHPVワクチン接種の重要性について訴えてきた。本会としても可及的速やかにHPVワクチンの積極的勧奨が再開されることを望ま ずにはおれない。
医師・コメディカル対象のセミナーには2108人
当センターでは、東京都や企業との共催、広告・展示協賛、事業協賛を得て各種セミナーを開催している。不妊啓発を目的として開催したセミナーは東京都との 共催事業として二つの大学で、「女性医療セミナー」は2か所でバイエル薬品㈱と、「緊急避妊法適正使用セミナー」は2か所であすか製薬㈱と、指導者のため の避妊と性感染症予防セミナー(SRHセミナー)は全国8か所で、あすか製薬㈱・MSD㈱・科研製薬㈱・バイエル薬品㈱・富士製薬工業㈱・持田製薬㈱・ ジェクス㈱・㈱そーせいなど8社の協力を得て実施した。
国内外の婦人科関連のガイドラインの最新情報を盛り込んだ日常診療に役立つトピックスや更年期を迎えるOC(経口避妊薬)服用者への対応など、女性のライ フステージを幅広く捉えた「女性医療セミナー」はバイエル薬品㈱との共催、日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会の後援を得て開催された。医師やコメディ カルなど東京会場には516人が、大阪会場には357人が参加した。本セミナーは2005年度から医師とコメディカルを対象として開催しているが、今回を もって開催回数34回、参加者総数は7千人を超えた。
緊急避妊薬『ノルレボ錠0・75㎎』(成分レボノルゲストレル)が発売されてから2014年5月で3年目を迎えた。この間、あすか製薬㈱との共催、日本産 科婦人科学会・日本産婦人科医会の後援によって全国の主要都市で「緊急避妊法適正使用セミナー」を14回開催してきた。2013年度は神戸会場に118 人、福岡会場に104人が参加した。今回は警察庁長官官房給与厚生課犯罪被害者支援室の協力を賜り「警察における性犯罪被害者支援」と題して、警察行政の 立場から産婦人科医に望むことなどを伺った。また、あすか製薬㈱から委託されて実施した講師派遣事業「女性のための健康応援セミナー」を全国10か所の大 学や企業で開催し好評を博した。
2013年度の指導者のための避妊と性感染症予防セミナー(SRHセミナー)は、「メディアが発信する情報を読み解く力をつける」をテーマに日本助産師会 の後援を得て開催された。「データで見る常識化している性の非常識」を筆者が、「番組作りの実際~制作者の意図を知る~」は杉村由香理本会家族計画研究セ ンター事務長と㈱TBSテレビ編成制作局アナウンス部高野貴裕氏との対談によって、さらに「メディアが発信する避妊・性感染症予防情報を検証する」では、 安達知子総合母子保健センター愛育病院副院長・産婦人科部長他7人の第一線で活躍する講師を迎えて実施した。参加者総数は全国8か所で延べ1013人に 上った。当該セミナーはこれで114回を数えている。
思春期ホットライン、男性からの相談「自慰」がトップ
筆者が本会での勤務を開始したのが1988年4月。以来、センターの各種電話相談・診療記録などは全てデータベース化・保管されている。この26年間で受 けた電話相談は「思春期・FP(家族計画)ホットライン」が13万2318件(男性7万7467件、女性5万4851件)、「東京都不妊・不育ホットライ ン」1万2301件。OC(経口避妊薬)関連の相談事業として「ピルダイヤル」(2000年度~04年度)、「ピルサポートデスク」(01年度~09年 度)、「OCサポートデスク」(04年度~現在)、「OCコール」(10年度~現在)などを開設してきたが、その総相談件数は7万9105件となってい る。
2013年度については、開設日数が245日の「思春期・FPホットライン」には2414件(男性1017件、女性1397件(表1)。うち「東京都女性のための健康ホットライン」623件)、「OCサポートコール」5330件、「OCコール」718件、「ミレーナコール」107件。開設日が週1回の「東京都不妊・不育ホットライン」には432件の相談が寄せられている。
2013年度において特筆すべきことは、「思春期・FPホットライン」の男性からの相談が10年振りに「包茎」(17・0%)から「自慰」(19・1%) へと第一位が入れ替わったことだろうか。1988年度以降、男性からの相談といえば「包茎」「自慰」「性器」「射精」と相場が決まっていた。「自慰」相談 といえば、以前は「方法を教えて」「何回までOKなのか」が一般的であったが、最近では「方法を教えて」に加えて「自慰欲求が起こらない」「弱い刺激では 射精できない」「布団や枕を使わないとダメ」などの相談が目立っている。強い刺激を求める自慰、布団や枕を使う自慰は将来の腟内射精障害に発展する恐れが ある。中には「母親の下着を使って」の相談もあり相談員をあきれさせている。
女性からの相談では、緊急避妊相談の割合が減少している。その理由としては、インターネットから容易に情報を入手できるために、施設紹介を求める声が減少しているからだろうか。その一方で、避妊や更年期に関する相談が前年に比べて増加傾向にある。
OC服用に伴う副作用」相談は一時的に増加
2013年12月17日に田村憲久厚生労働大臣が定例の記者会見で、2004年~13年に低用量経口避妊薬(OC)と月経困難症の症状改善に用いられる低 用量エストロゲン・プロゲスチン配合剤(LEP剤)の副作用での死亡例が11件あったと発表した(筆者注=実際には08年~13年上半期までの報告)。筆 者も国が発表した死亡例を確認しているが、多くは肺塞栓、脳梗塞など血栓塞栓症(VTE)であることが分かっている。その後、国は2010年11月に発売 された『ヤーズ配合錠』(ドロスピレノン・エチニルエストラジオール錠)との因果関係が否定できない国内3例の血栓症死亡報告があったことから、14年1 月に「月経困難症治療剤『ヤーズ配合錠』投与患者での血栓症に関する注意喚起について」を発出。血栓症は『ヤーズ配合錠』に限ったものではないことを勘案 して、OC発売各社は「使用上の注意改訂のご案内」と合わせて添付文書も改訂した。このように、「OCと血栓症」をめぐっては1999年発売以来の危機的 状況となっている。
本会が開設している「OCサポートコール」で月別相談内容を分析すると、11月に37件だった「副作用」相談が報道後12月には72件と一時的に増加する ものの、1月63件、2月55件、3月44件と、落ち着きを取り戻している(図3)。もちろん、「副作用」相談は血栓症に限ったことではないので、どの程 度国民の関心が高まったかははっきりしないが、死亡例が出たことへの動揺が服用者を混乱させているようには思われない。これは診療の場においても同様であ る。
確実な避妊、月経痛の緩和、周期調節などを期待してOCの服用を決めた女性のVTEによる死亡などは、細心の注意を払って避けるべき事柄ではあるが、OC に限らず、われわれが快適な生活を求めた結果として多少のリスクを負うことは避けられない。OCを服用していない女性のVTEのリスクは年間1万人当たり 1~5人であるのに対し、OC服用女性では3~9人との報告がある。その一方で妊娠中および分娩後12週間のVTEリスクは、それぞれ年間1万人当たり 5~20人および40~65人となっており、妊娠中や分娩後に比較するとOCによるVTEの頻度はかなり低いことが分かっている。
当クリニックではOC服用中に起こった血栓症の兆候(ACHES、表2)を見逃すことなく、速やかにOCの服用を中止し、救急病院を受診することを促す指導を服用者に徹底している。
不育相談は56件(13・0%)に増加
「東京都不妊・不育ホットライン」は1996年度開始以来18年が経過し、相談件数は1万1581件となっている。相談件数が過去5年ほど300件台で低迷していたが、432件と回復傾向にある(図4)。2012年度から「不育相談」が加わったが22件(5・8%)に過ぎなかった相談件数が、2013年度には56件(13・0%)と増加していることが寄与している可能性が高い。
ちなみに、日本産科婦人科学会は不育症を「生殖年齢の男女が妊娠を希望し妊娠は成立するが流産や早産を繰り返して生児が得られない状態。流産を3回以上繰 り返す習慣流産とほぼ同義語とも考えられるが、妊娠22週以降の胎内死亡や死産を繰り返す症例も包括する概念である」と定義している。