本連載では職域保健の現場で活躍されている方に様々な取り組みをご寄稿いただいています。今回は住友電気工業株式会社横浜製作所健康管理センターの保健師・二戸由貴子さんに、健康経営の実現に向けた取り組み、女性特有の健康課題への取り組みなどについてご紹介いただきます。(編集部)
住友電気工業株式会社は、400年にわたり受け継がれる、
・万事入精(何事に対しても誠心誠意を尽くす人であれ)
・信用確実(何よりも信用を重んじ、常に相手の信頼に応えること)
・不趨浮利(ふすうふり/目先の利益、安易な利益を追わない)
―という住友事業精神の不易の理念を事業活動の根本に置き、つなぐ、伝える技術でより良い社会の実現に貢献する会社です。1897年の創業以来、電線ケーブルの製造技術をベースに、現在では、自動車、情報通信、エレクトロニクス、環境エネルギー、産業素材の5つの事業分野を世界約40か国で展開し、約28万人の従業員が活躍しています。
私が新卒で入社し配属された横浜製作所は情報通信事業本部が置かれており、光ファイバ・光ケーブルをはじめとした情報通信関連製品の製造拠点となっています。また次世代の情報通信技術や製品の研究開発部門も拠点を置いており、横浜製作所の従業員構成の男女比は約9:1と、男性が圧倒的に多い職場となっています。
働く女性が増加し、その活躍が一層期待される今、企業にとって女性社員の健康支援は重要な課題となりつつあります。2013年に経済産業省が発表された研究(※注1)によると、月経に伴う症状や不調による経済的損失額は年間4,911億円と試算されており、またPMS(月経前症候群)や月経に伴う心身の変化によって、仕事のパフォーマンスが半分以下になると回答した人は、約半数に上るとの調査(※注2)もあります。このような状況を踏まえ、2018年度より「健康経営銘柄」選定において、女性の健康支援が重点化され、企業に対して行う健康経営度調査の質問票の中には、女性特有の健康課題について具体的な質問項目が盛り込まれました。当社は、健康経営の実現に向けた取り組みが評価され「健康経営銘柄2023」に選定されております。
※注1:Tanaka E, Momoeda M, Osuga Y et al. J Med Econ 2013; 16(11): 1255-1266
※注2:日本医療政策機構「働く女性の健康増進に関する調査」(2018年)
当社は2022年から女性の健康支援に本格的に取り組み始めました。私たちが目指すものは、女性が医療や休暇制度を適切に活用してセルフケアできる状態を作るだけでなく、全社員が女性の健康課題を理解し、互いにサポートしあう状態を築くことです。まず女性の健康課題を知ってもらうために、全社員に向けた研修を「女性の健康週間」(3月1~8日)に合わせて実施しました。当社で実施している社内アンケートのデータ分析でも、女性の健康問題は仕事のパフォーマンスを下げる大きな要因であり、医療分析でも女性特有疾患の医療費の増加、乳がん罹患(りかん)率の上昇といった課題がありました。研修内容は、女性の健康課題や支援だけでなく、男性更年期や上司としてのサポート方法を組み込むことで、全社員に興味を持ってもらう内容になるよう工夫しました。全社員で取り組む課題であると認知してもらうために、新入社員研修へ組み込むなど、今後も継続して情報発信していく予定です。
横浜製作所では、女性社員の採用数を増やし、スタッフだけではなく生産ラインや保全業務にも女性社員を配属する取り組みを積極的に進めています。ただ、現在は過渡期であり女性社員自体がまだ少なく、深夜業務時に女性が少ないといった不安や孤立感、女性特有の健康問題があった時に男性上司に相談しにくいといった精神的な負担を感じていることが保健指導を通して分かりました。実際、社内アンケート調査の結果でも、女性の比率が低い拠点の女性社員は、女性比率が高い職場の女性や男性社員に比べ、ワークエンゲージメント(※注3)が低い傾向がありました。今後詳しくインタビュー調査を行い、得られた情報を基に要因を分析し、どういった取り組みができるか検討していく予定です。
※注3:「仕事から活力を得ていきいきとしている」(活力)、「仕事に誇りとやりがいを感じている」(熱意)、「仕事に熱心に取り組んでいる」(没頭)の3つが揃った状態
女性特有の健康課題は女性のライフステージによって異なり、年代によって直面する健康課題も様々です。子育て世代では、仕事、家事、育児に追われ慢性的に睡眠不足の方、更年期に差し掛かり体調の変化に苦労されている方、若年女性では月経周期の乱れや生理が止まった―といった話を保健指導で伺います。特に月経周期の話は日常的に話題にしづらいことから、なるべくこちらから話を向けるようにし、気になる症状があれば受診を促しています。若年世代では気になる症状があっても婦人科受診に一歩踏み出せないことも多く、女性医師のいるクリニックの紹介や月経周期を記録して受診するようアドバイスし「今の状態は受診が必要な状態である」ことを伝え背中を押すようにしています。
女性の社会進出が進み、当社ではほとんどの女性社員が結婚、出産で退職することなく就業継続しています。少しずつですが女性管理職も増え、女性が活躍する場面が珍しくなくなりつつあります。そのような流れの中で、女性特有の健康課題で自身のキャリアが中断されることや仕事の生産性が低下すること、そしてなにより、働くことで体を壊すことがないよう、一番身近な相談できる存在として直面する健康課題に寄り添い、少しでも働きやすい職場づくりに貢献していきたいと考えております。