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職域保健の現場から

職域保健の現場から<53>
組織内の信頼関係の構築と柔軟な協働で乗り切った新型コロナウイルス感染症

第826号

産業保健プランニングSaiTo代表 斉藤 智子

 本連載では、職域保健の現場で活躍されている方に様々な取り組みをご寄稿いただいています。今回は、個人事業主として顧客企業の産業保健業務や健康経営推進の支援を行っている、産業保健プランニングSaiTo代表の斉藤智子さんに、新型コロナウイルス感染症流行下の国内事業場での感染防止対策、関係者との協働などについてご紹介いただきます。(編集部)

自己紹介

 私は保健師免許を取得してすぐに産業保健の仕事に就き、28年目を迎えます。主に企業内健康管理室の保健師として、新聞社やIT、化学品メーカーなど様々な業種の企業で勤務をした後、産業保健サービスを提供するコンサルティング会社で、顧客企業の健康管理室立ち上げや業務フローの構築などを担当しました。その後、約2年前に個人事務所を開業し、今は事業主として活動しており、顧客企業の産業保健業務や健康経営推進の支援を行っています。

コロナ対応で明けた新年

 新型コロナウイルス感染拡大症(以下、コロナ)の拡大が始まった頃、私は業務委託の保健師として某商社の健康管理室で保健師業務を行っていました。社員の保健師と協力して日常業務を遂行していたのですが、そこへコロナの発生が報じられ、わずか数か月ほどの間に世界的な大流行となりました。その商社では中国を始め海外各地に駐在員がいたので、2020年の仕事初めはこの新型感染症への対応で慌ただしくスタートすることとなりました。駐在先の感染状況はどうなっているのか、駐在員(特に重症化リスクのある人)の感染を防ぐために何が必要か、不安を少しでも軽減するためにできることはないか、駐在員の一時帰国などについて会社はどのような方針か―考えなくてはならないことが山ほどありました。国内事業場での感染防止対策や発熱者発生時のルール整備も急務ですし、通常業務もストップするわけにはいきません。これは大変なことになった! と思いました。

業務の優先度付け

 それまで経験したことのないような日々は私にとって学びの大きいものでした。特に、業務の優先度付けについては、日頃行っているレベルを超えかなりダイナミックに行う必要がありました。コロナ対応を「急遽追加された優先度の高い業務」と位置付けるにあたり、日常業務をどうするか。各業務の年間目標やスケジュールをまとめた保健計画を大きな机の上に広げて保健師間で協議をし、修正案を書き込みました。時期を延期する、実施方法を変更する、場合によっては今年度の目標を下方修正する―といった苦渋の選択をしました。そうやって「今月」「今週」「今日」の優先度を確認し、お互いに声を掛け合いながら業務にあたりました。それにより、必須の業務を確実に実施し、大きな混乱なく乗り切ることができました。予想外の事態が起きた時でも落ち着いて確実に業務を遂行できた経験は自信につながりました。

関係者との信頼関係と柔軟な協働

 平常時はもちろん、特に有事の際は、社内の関係者との協働が大変重要です。コロナ対応においては、保健師が公衆衛生専門職としての役割を発揮しながら、様々な立場の人の都合や思いを汲み取り、誠実かつ柔軟に協働する姿勢が求められたように思います。役割分担は大事ですが、極端なセクショナリズムは目的を果たすための障壁になります。ある日、各職場のドアノブを定期的に消毒しようということになりました。海外駐在員への対応で総務担当者には心身ともに大きな負担がかかっていましたので、まず保健師が1日2回各職場のドアノブを拭いて回ることとしました。職場を巡回することで従業員の様子もわかりますし、保健師に話しかけてくる従業員の不安を傾聴する機会にもなり、意義のある活動となりました。1か月ほど継続した頃、総務担当者がこの消毒業務を引き取ってくれることとなり「こんなことまでしてくださっていたのですね」と労ってくれました。また、ポイントを伝えてバトンタッチしたところ、社内の感染防止策を担っているという責任感と誇りをもって継続してくれました。初めから「消毒は総務でやってください」と言うのは簡単ですが、それでは得られなかったことも多くあったと思います。

同じ保健師へのリスペクト

 コロナ感染拡大状況の中、最前線で活躍する地域保健師の姿が連日報道されるようになり、図らずも保健師の認知度は上がりました。彼らは、感染疑い者に対するトリアージや受診支援、また、感染者の積極的疫学調査や自宅療養者の健康観察など、多岐にわたる非常に専門性の高い業務にあたっています。不安を強めている社会からの要望に応え、額に汗する姿を見て、同じ保健師として誇らしく、敬意を持つと同時に身が引き締まる思いがしました。「仲間の頑張りに負けないよう自分のフィールドでしっかり役割を果たさなくては」と思いました。

身近で頼りになる専門職でいるために

 企業内保健師は「何をしているかよく知らない」と思われていることが少なくありません。日ごろから、自ら部屋を飛び出し、自分たちが何者で何をしているのかを表現すること、明確な目的をもって計画的に業務を行うこと、様々な立場の人々に触れて理解を深め助け合うことが大切だと思っています。そして、何より「身近で親しみやすくかつ高い専門性を持っていて頼りになる存在」でいられるよう、専門知識やスキルを磨き続ける努力を止めてはいけないと思っています。


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