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第830号

 東京都不妊・不育ホットライン相談員 赤城 惠子

 東京都からの委託で本会にホットラインが開設された1997年当時は、子どものいない人に対する周囲のまなざしは厳しく、心の傷となるような暴言にさらされる当事者も少なくありませんでした。「子どもはまだかと言われるのがつらい」という声は、頻繁に聞かれたものです。
 医療の場も例外ではなく、通院中の女性が仕事上の都合を医師に伝えると、「あなたは子どもと仕事、どっちが大事なんですか!?」と叱咤されたという例もありました。仕事と通院の両立を支援するような発想すら全くなかったのです。「子どものいない女性は成長しない」などという偏見も、まことしやかに語られていた時代でもあります。少子高齢化社会への危機感も煽られ、「子どものいない人は年金をもらう資格がない」といった声さえ新聞紙上に掲載される時代でもありました。ある女性は流産して間もない頃、身近な人に「うちの3人の息子たちは、子どものいないお前たちの老後の面倒も見るんだぞ」と言われ、立ち直れなくなったと訴えていました。
 電話口でそのような声を聴きながら、なんと狭量な社会なのかと、私もまた憤まんやるかたない思いを抱いていたものです。そんな中、長い間不妊に悩んでいたAさんが、こんなエピソードを話してくださいました。
 「ある日父に『私に子どもがいないこと、お父さんはどう思っているの?』って、訊いてみたんですね。その瞬間、私の内側でパリッと音がしたような感じでした。自分の殻、破った音だったと思う。すると父がしみじみとこう言ったんです。『子どもがいるかいないかなんて、どうでもいいことや。肝心なのは、自分の人生をどう生きるかってことだろう? 子どもがいるから幸せになるってもんじゃない』って。そこで私が『でもね、お父さんだって、孫がいたら…って、考えることはあるでしょう?』って言ったら、『そりゃあるさ。孫がいたらと想像するのは当たり前だろ。そんなことよりお父さんは、おまえがどう生きるかの方が大事なんだよ』って…。父のひと言、ひと言がからだに染みてきて、涙がぼろぼろ出てきて止まらなかった。すると『つらくて泣きたくなったときは、家に泣きにくればいい。何のために親がいると思ってるんだ』って…。父のこの言葉にすごく支えられたんですね。今の私が大事にされてるって、分かったから」
 このお話に、私も胸を打たれて感動していたことが思い出されます。その後、四半世紀が流れました。「子どもはまだか」という圧力や偏見に苦しんでいるという声は徐々に減少し、最近のホットラインでは、まれに聞かれる程度となっています。
 これは何を意味しているのでしょう。産むも産まないも等価で認める社会になってきたのでしょうか。それとも単に「子どもはまだかと訊くべきではない」といった社会規範がつくられただけなのでしょうか。高齢化の危機が強調され、少子化対策が次々と打ち出されている昨今です。そんなニュースを聞くたびに、国の政策がかつての価値観や偏見と結びついて、再び当事者を苦しめるようなことにならないだろうかと、ふと心配になります。と同時に、Aさんの親御さんのような方が日本社会に増えていきますように…と願わずにはいられません。 


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