LINE相談も、もうすぐ2年を迎えようとしています。相談者の都合で送信できるとはいえ、回答までのタイムラグが発生してしまうというデメリットがありますが、そのような状況でも、気軽に相談でき、ブロックされなければ、回答の不足に気付いた時点で補足・修正できるというメリットがあることにも気付けました。
時折、描写が細かいケースがあります。相談者が自ら調べても解決できないからこそ、悩みや起きた事柄を具体的に事細かに表現しているのではと感じています。そして状況を伝えることが難しいからこそ長文になります。それだけ悩んでいることは理解できますし、分かってほしいというSOSだとも受け取れますが、LINE相談での限界もあり、受診を勧めています。
無料で信頼できる専門家に相談できるというのは、この思春期LINE相談の強みでもありますが、リアルに婦人科を受診して処方された薬のことなのに、そこの医師やスタッフに相談や質問ができていないケースを目の当たりにすると、「対面での関わり=信頼できる関わり」になっていないことに病院で働く者としては少し残念に思います。
そして、LINE相談を始めて一番驚いていることは、開設時間外に送られてくるSOSです。「死にたい」「助けてほしい」という言葉と共に、自身の状況を説明した膨大なエピソードを目にするたびに、思春期保健相談士®として何ができるかという問いを突き付けられていると感じています。彼女たちの多くは、すでに心療内科などに通院中であり、専門家の支援を受けていますが、問題は複雑かつ短期間で解決できることではないため、多面的な支援が必要であることを学ばせてもらっています。
私が日頃勤務する産婦人科医院でも児童相談所からの診察依頼があり、保護された若者と直接話す機会もあれば、児童相談所職員と話す機会もあり、同じ子どもを見ているはずなのに、その子の何を見ているのか? と視点やアセスメントの違いを感じることも度々あります。医療職と福祉職で専門性が異なるため、共通理解できることもあれば、できないこともありますし、医療機関と児童相談所とでは、その立場の違いもあります。しかし、それらを差し引いても、「こどもまんなか」だと思えない発言を耳にすることが多く、子どもの健全な発育を保障できる社会の実現のために、医療と福祉の連携・協働にはまだまだ課題が山積みだと感じています。
コロナ禍になり、子どもの不登校、中高生の自殺報道、トー横・グリ下・ドン横などに集まる若者の報道を目にすることも増えてきたように感じています。自分の軸をしっかり持っていないと、大人でさえも他者に傷つけられたり、だまされたりする社会ですから、誰を信じていいのか、何を目指していいのか、生きる意味が見出せないと悩める子どもがいて当然です。4月にはこども家庭庁も発足し、国の施策にも期待したいですが、専門職としては、辛さや苦しさを感じたときにSOSを発することができ、そのSOSを受け止めて、解決に向けた支援を一緒に考えられる人・場・サービスを増やしていくためにも、コツコツと現場で奮闘していきたいと考えています。