ピル承認秘話
–わが国のピル承認がこれほど遅れた本当の理由(わけ)–
<第73話>『バイアグラ』スピード承認への疑問(私見その1)
一般社団法人日本家族計画協会 会長
北村 邦夫
1998年、欧米諸国での臨床試験の結果を、そのままわが国で活用できるようになる新薬審査制度が採用されたことにより、同年4月に米国で発売され、わが国では7月に申請が出たばかりの『バイアグラ』が、申請後約半年でスピード承認されることになった。これほどまでに早い承認となった本当の理由ははっきりしないが、「欧米諸国での臨床試験で、7~8割に効果があった」という。だとしたら、86年に厚生省が作成した「経口避妊薬の臨床評価方法に関するガイドライン」を受けて87年からおよそ3年間にわたって、5,000人の女性による70,000周期にもおよぶ大規模臨床試験が行われ、その安全性と有効性は、既に立証済みであるだけでなく、100人の女性がピルを避妊法として採用した最初の一年が経過した段階で97.0~99.9%であった低用量ピルの避妊効果は7~8割の比ではない。しかも、60年以来、世界各国で使用されてきたピルについては、膨大な研究成果が蓄積されており、低用量ピルの認可が『バイアグラ』に遅れる理由は、全く見当たらない。
『バイアグラ』の個人輸入によって引き起こされる副作用や、密売を始めとした社会的混乱を収拾したいとの意図は理解できないわけではない。米国で1錠約1,200円で処方されているものが、インターネットを通じてわが国では5,000~40,000円で売られているとの話も聞く。個人輸入が高じた結果として、わが国でも7月に死亡例(60代の男性で、高血圧、糖尿病、不整脈の治療中でニトログリセリン貼付剤等を使用中。友人よりもらった『バイアグラ』を1錠服用後性行為に至った)が出たことはよく知られている。一方、低用量ピルについて言えば、わが国でも、避妊という効能効果を表示しない月経困難症などの治療薬が、避妊目的で使用されてきたという歴史がある。現在でも、避妊目的でピルを服用している女性は20万人にも上っている。個人輸入ではなく、医師の判断と責任とによって処方されているとはいえ、世界で広く使用されている低用量ピルの認可を遅らせる一方、今日まで中・高用量ピルしか提供されなかった女性たちの健康をどう考えているのだろうか。『バイアグラ』の個人輸入に伴う社会的混乱の回避という名目を楯にスピード承認があるとしたら、低用量ピルを服用できずに不利益を被っている多くの女性にどう申し開きができるのだろうか。また、『バイアグラ』の個人輸入で死者が出たことがスピード承認のきっかけになったとしたら、避妊効果の高いピルを使うことができないために、中絶を余儀なくされている女性の立場をどう考えるのだろうか。