1985年に、日本母性保護医協会(日母:現日本産婦人科医会)は、安全性の追求の一環として、海外で普及している「低用量ピル」の現状とわが国の状況を踏まえ、日本産科婦人科学会(日産婦)に対して、「日本でも低用量ピルの検討を」という要望書を提出している。それを受けて、日産婦と日母はわが国で中絶実施率が、特に欧州諸国と比較すると高いのは、海外で広く普及している「低用量ピル」がないことだと考え、厚生省(現厚生労働省)に、「低用量ピルの臨床治験の必要性」を訴える要望書を提出した。
厚生省はこれを受けて「経口避妊薬の医学的評価に関する研究班」(班長小林拓郎)を組織し、翌86年12月にその有用性を実証するための臨床試験を行う価値があるとして、87年4月、厚生省は「経口避妊薬の臨床評価方法のガイドライン」を各ピル開発会社に通達している。このガイドラインを受けて、各社が一斉に臨床試験を開始した。
このガイドラインによると、臨床試験は延べ2400周期以上とし、1年以上の長期服用症例は100例以上と設定しているが、特に新規有効成分については1万周期以上で200例以上と設定し、大規模な治験として実施された。
わが国における7社8品目に及ぶ大規模な治験について見ると、どの低用量ピルも5千周期以上、新規物質については約1万5千周期で、1患者当たりの平均服用期間は13~16周期であり、ガイドラインを十分満足しうる症例で集計報告されている。
これら臨床試験の成績を通じて言えることは、悪心・嘔吐(おうと)などの自覚的副作用で発現頻度も少なく、一般女性が最も危惧する体重増加も軽微で、血圧上昇や脂質代謝などに及ぼす影響もほとんど見られていないことから、諸外国で報告されている臨床評価と同等であり、「低用量ピル」としてわが国でも十分に臨床に供することが可能と考えられる。
しかし、これら低用量ピルを服用する際は、現在月経困難症などの治療用ピルに比べ含有するホルモン量が一段と少なくなっているので、連日確実に服用することが重要である。1~2日と飲み忘れが続くと、不正出血の発生頻度がいずれの低用量ピルでも有意に上昇することが報告されている。同時に避妊効果の点でも予期しない妊娠が起こりうるので、十分に注意する必要がある(JFPA メディカルファイル Vol.6,No.4,1991)。
このようにして、2年半後に被験者5千名余、7万周期に及ぶ長期投与試験が終了し、90年7月各社が厚生省にピル承認申請を提出したが、その後審議経過は益々混乱を極めることとなった。