1961年3月16日。ピル開発の父と呼ばれるグレゴリー・ピンカスが来日。毎日新聞社人口問題調査会と日本家族計画連盟の主催で講演会が開催された。家族計画関係者約60名が参加したこの講演会で、ピンカスはピルの有効性、安全性などについて明快に語ったというが、「割り切れない空気」が会場内に流れていた。以下、関係者による後日談である(一部筆者が加筆修正した)。
①飲み忘れたりする人が相当出てくるだろう。簡単なようだが、20日間(当時)毎日欠かさず規則正しく服用することは実際には大変なことだからだ。そして、飲み忘れた日数の分だけ後で一度に飲む人も出てくる。それで心配はないか。
②何日か飲み忘れているうちに妊娠してしまうこともあるだろう。それを知らずにまた飲み始めたらどうなるか。妊娠後は黄体ホルモンが盛んに分泌されることになる。その上、この薬を飲めば、黄体ホルモン過剰になり胎児に悪い影響がないとは言えない。そしてこれを実験することもできない。
③乱用によって性道徳が乱れる心配がある。この問題については加藤シヅエさんが説明会の席上で痛烈に質問したが、米国でも論争の嵐を起こしていると英文タイムズ誌が報じている。
④長期連用の副作用はまだ不明。ピンカス博士らの報告は、米国の他の研究者たちによってもその正しさが認められているというが、それらの報告はまだ5年間くらいの実績のもので、10年、20年という長期の副作用のデータはまだない。かなり強い効力を持つ薬だから、長い間の服用中に人間の体にどんな影響を与えるか心配だ。
⑤この薬は素晴らしい発見で、人類の受胎調節に一つの革命をもたらす可能性を持つものだが、それだけにこの薬を受胎調節に用いるかどうかについては慎重な態度で臨むべきだ。日本でも何年かの実験期間をおくべきで、家族計画の指導者としては目下のところではこの薬を避妊薬としてはまだ勧めるべきではない。
日本家族計画連盟の古屋芳雄会長もピルの承認に釘を刺した。
「世界の人口急増、とくに東南アジアなどの開発途上国の人口は今世紀末には確実に2倍になる。経済がそれについていない。ピンカス博士の発見がこの問題の解決に一役買うことを切望しているが、ホルモンの問題はデリケートで難しい問題を沢山含んでいる。長期間連用しうるかどうか疑問だ。日本で政府が許可するには十分な検証研究が必要だし、医師の監視という条件が必要になるだろう」(「家族計画」第85号(61年4月20日号))