「家族計画」第20号(1955年11月20日)では、16か国の代表約500名の参加を得て、第5回国際家族計画会議が成功裏に終了したことを伝えるとともに、「国際会議をめぐる問題点」をテーマにした座談会が特集されている。村松稔(国立公衆衛生院人口学部)、奈良林祥(東京都杉並西保健所)、高口保明(神奈川県衛生部保健指導課長)、樋上貞男(厚生省公衆衛生局庶務課)の四氏によるピルの議論は、その後日本で起こるピルの不運な歴史を予測させるかのようであった。以下、かいつまんで紹介したい。
【村松】ピンカス、チャン、石川博士らの研究の結果は、将来の見通しとしては有望だが、一部のジャーナリズムで騒がれているように、すぐ使用できるかのような論調に対して非常に警戒している。学者の中では、ピンカスは比較的楽観的だとの声もある。
【奈良林】受胎調節を教えることは、単なる技術の指導ではなく、人間を引き上げる教育といったつもりで行っている。つまり安易に到達し得るものではなく、自己を高めようと決意した者が、その報酬として受胎調節を行えるようになるわけだ。だから、簡単に飲み薬で解決着くとなると、どうもそういう高い気持ちのあるところが失われかねない。人間が動物じみてくる。そんなことを心配している。
【高口】経口避妊薬の話を聞いていて、もしこれが成功した時は、われわれが今まで持っていた家族計画に対する考え方が壊れてしまうのではないかという印象も受けた。しかし、私は奈良林先生のようには心配していない。薬ができたら、またそれに適応できる考え方を作らねばならないし、自然にまたできるのではないかと思っている。
【奈良林】家族計画に対する明確な考え方が確立する前に、経口避妊薬が普及するようなことが起こると、社会的に恐ろしいことが持ち上がりはしないだろうか。
【高口】私は経口避妊薬ができて、誰もが簡単に使用するようになると、人間を支える秩序が破壊しないだろうかとサンガー夫人に質問したのだが、この点、サンガー夫人もかなり心配していたようだ。
【樋上】僕は簡単に受胎調節ができ、しかも無害であるならば、飲む薬の実現は大変に良いと思っている。現在のやり方では、普及にもどうも限界があるような気がしている。開発を早く進めてもらいたい
【高口】科学の進歩によって新しい方法を見出したものを利用することは必要であるし、その時はまた、一時的な混乱はともかく、新しいモラルも次第に確立し性教育も必要になるだろう。