ピル承認秘話
–わが国のピル承認がこれほど遅れた本当の理由(わけ)–
<第64話>武田氏のピル悪玉説にもの申す
一般社団法人日本家族計画協会 会長
北村 邦夫
「私たちの体を脅かすホルモン様物質」とのテーマで、1998年2月8日、婦人民主クラブが主催する会合で産婦人科医である武田玲子氏が講演した。
- ステロイドの副作用はよく問題になるが、近縁関係にある男性ホルモンや女性ホルモンにも同様なことが考えられる。
- ピルの治験中、ピルを飲まなくなって脱落した人が統計的に許される範囲を超えて多い。
- 低用量ピルというと安全に響くが、低用量ピルの黄体ホルモンは作用が強い成分だから、量が少ないだけだ。
- 合成エストロゲンのDES(ジエチルスチルベストロール)は、40年代に流産予防として使われた。使用されてから20年ほどして珍しい腟(ちつ)ガンが女の子に多発して大きな問題になった。様々な環境ホルモンがあるが、本来地球上にはばらまかれるはずのないものなのに、人間がパンドラの箱を開けてしまった。それでとんでもないことが起きている。
講演の概要は以上の通りだったが、これに対して武谷雄二東京大学産婦人科教授(当時)が反論を筆者に送ってくれた。ここに紹介させていただきたい。
武田氏の主張が余りにも非アカデミックであり、どのようにコメントいたすか難しいが、以下、気付く範囲で述べたい。
- 副作用に関しては、世界で最も安全性が検討された薬剤であり、ネガティブな面もあるが、卵巣がん・子宮内膜がんの予防、おそらく子宮内膜症の予防、重篤な月経困難症の軽減など、避妊以外の目的でも使用によりベネフィットを受ける女性が多い。
- 治験の際の脱落例は、重篤な副作用は皆無。多くは不正性器出血などのマイナートラブルであった。
- 低用量ピルは、エストロゲン用量が最小限に近く、エストロゲンとプロゲストーゲン共に減量している。今後、若干の低用量化は可能だが1、2錠飲み忘れるとすり抜け排卵が起こり、ほぼ限界に近い。
- DESは妊婦に投与した際に胎児に障害的に働くが、ピルの妊娠中の投与は考え難い。ピルの服用を中止すると、血中ホルモン値は速やかに消失し、実際にピル服用後の妊娠での安全性は実証されている。
- 妊婦に外因性のエストロゲンを投与した際の男児への影響は、妊娠中の内分泌環境を考えると否定的である。
- ピル自体の環境への影響は、少なくとも現在問題になることはない。また、この論法だと大部分の消毒薬、治療薬も環境への影響は完全には否定し得ず、医学そのものの否定につながる。また、他の環境ホルモンとの比較においてピルを禁止しても微々たる影響しかもたらさず、学問的論拠の乏しい過激な観念的主張と言わざるを得ない。