この頃、プロライフ・ムーブメント(胎児を守る運動)として、ピル承認反対の動きも激しさを増していった。筆者にも、幾度となくプロライフからの機関誌が送られてきたが、中には、名指しで北村批判が向けられることも少なくなかった。
手元に、このグループから当時、筆者宛に送られてきた『経口避妊薬:ピル その作用と安全性』の冊子がある。1993年版のこの冊子の表紙には「ピル市場での何十億ドルという収益とか、立法府やメディアに対する産児制限ビジネスの政治力のために、普通の人は真相を知らずじまいになっています」と書かれている。
ページをめくっていくと、ピルの作用機序、安全性に関する型通りの情報が羅列されているが、とにかく引っかかるのは、「2.着床阻止 受胎能力にはもう一つ大事な側面がありますが、それは子宮内膜が更新・維持されるということです(中略)。複合ピルの中にあるプロゲスチン成分とプロゲスチン単体ピルは子宮内膜を薄くし、しぼませてしまいますから、胎児(新しい受精卵)の着床に不適切になってしまいます」。ここでは冊子に書かれている表現に一切手を加えずに紹介しているが、ピルの主たる作用機序は、排卵抑制によって受精を阻止することにあり、仮に受精が成立したとしても、子宮内膜への作用で、着床が困難になることは避妊効果を高めることになるわけだから、このようなピルの作用は避妊薬としては歓迎されることだと筆者は考えている。
「ということは、ピルは早期中絶の原因であり得るのですか? そうです。受精した生命(受精卵)が子宮に到達して子宮壁に着床するのを阻止するのは、ピルの『人工妊娠中絶促進的特徴に他なりません』」。着床の成立が妊娠の成立と定義する医学とは、かけ離れた言い回しとなってはいないだろうか。同グループは「受精卵が命のスタート」という考え方を強調するわけで、それ以降も、このようなグループとは相いれることがなかった。さらに「女性の健康にとって妊娠と出産の危険よりも、ピルが健康に及ぼす危険性が遙かに大きいのです」とあり、恐らく血栓症リスクのことを書いているのだと推測されるが、となると、ピル服用のリスクとして血栓症を語る際、「妊娠・出産後の方が血栓症リスクは格段に高い」という日頃筆者が語っている当たり前なことも説得力を欠くことになる。
「ヘルシートーク 米国薬学博士デュプランティス博士講演会 経口避妊薬ピルと女性の健康」が97年11月(東京)、12月(名古屋、長崎)で開催されたが、「極早期妊娠中絶薬」を強調する彼らと筆者との確執がその後もしばらく続くことになる。