筆者は朝日新聞の『論壇』に「ピル使用の早期承認を望む」(1994年10月18日)を投稿した。
(前略)世界各国で広く用いられているホルモン含有量の少ない経口避妊薬(以下「ピル」)に比べて、理論上20倍近い失敗率となるコンドームが既婚女性の78%によって選択され、結果として4人に1人が中絶を経験しているにもかかわらず(毎日新聞調査)、コンドーム一辺倒の避妊法を長い間変更することができなかった理由もうなずける。
わが国における家族計画・避妊の分野の実情は鎖国状態に近い。例えば、学問的研究の結実としての低用量ピルを診療の現場においてさえ使用できない国は、政府の不可解な介入によって国民の「避妊する権利」が奪われている日本だけだ。
92年3月、認可を間近にしながら、「エイズのまん延を懸念しピルの解禁を凍結」という新聞記事を見て、大きな衝撃を受けたのを昨日のことのように覚えている。5千人の女性の協力を得て行われた臨床試験の結果、その安全性と有効性に科学者として強い自信をもっていたからだ。ピルは避妊薬であって、エイズ予防薬ではない。それにもかかわらず、両者を同一次元で語る無謀さを外国マスコミも指摘した。一方、副作用に関する報道には熱心だったわが国のマスコミの扱いは驚くほど消極的で、女性たちからもピルを求める声は上がらなかった。
わが国ではピルは副作用の代名詞のように言われ、大半の女性が「私は選ばない」を繰り返してきた。メディアに登場する機会の多い女性たちの中に、60年代の高用量ピルの副作用に悩まされた人がいたことも不幸だった。吐き気や出血などの副作用は短期間で明らかになるが、卵巣がんや子宮内膜がん、乳房の良性腫瘍の発生を予防する副効果があることを実証するには時間がかかる。(中略)93年5月、日本産科婦人科学会など学際的な4団体が、当時の丹羽厚生大臣に「早期認可を求める要望書」を提出した際、「女性の声がもっと上がってこないと」と女性の積極的な支持が認可の不可欠な条件であるかのような発言があった。(中略)
低用量ピルの臨床試験が終了した後にも、月経異常の治療薬として開発された高用量ピルを避妊目的で使用せざるを得ない女性が20万人を超えていることは無視できない。避妊に協力的な男性ばかりではなく、中絶のリスクに「ノー」と主張できる女性が十分に育っているとも言い難いわが国にあっては、避妊の選択肢が増えることは極めて重要なことだ。そのためにも、ピルの早期認可に向けて女性たちからの後押しを期待したい。