「高校生の娘が『子宮を取るしかない』と言われました」
1999年、当時勤務していた病院職員の方から相談がありました。娘さんは初経以来、月経痛がひどく、夜間の救急外来を毎月のように受診していたところ、担当医から告げられた言葉が「子宮摘出」でした。夜間、家で月経が来ると七転八倒するほどの痛みで、救急車を呼ばざるを得ないということでした。
学校で月経が始まった場合は、保健室では手に負えず、大学生の兄が早退して迎えに行っている。娘さんが月経中は家庭が重苦しい空気に包まれるといいます。ちょうど日本で低用量ピルが処方できるようになったところでした。フランス語で「天使」という名のピルを処方したところ、翌月の外来で「痛くなかった! こんなこと初めて! ありがとうございます!」と親子で泣かんばかりの顔で感謝の言葉を頂きました。私にとってもOC/LEPの効果を感じた衝撃的な出来事でした。
さかのぼって私が産婦人科に入局した平成の初期は、更年期医学(現在の女性医学)が注目され始めた時で、私は専門外来を担当し、その後主な研究分野となりました。当時の更年期外来では、サーモメーターや加速度脈波など自律神経系の検査も行っていたのですが、入局して早々に学内のサーモメーター研究会で何か発表するよう教授から指示されました。
どうしたものかと途方に暮れましたが、月経周期と自律神経の関係を測定機器を組み合わせて何とか発表しました。結論はまるで覚えていないのですが、その時、被検者として協力いただいた先輩女性医師全員が月経不順だったことは鮮明に覚えています。入局して間もない私には、これまた衝撃の事実でした。中には続発性無月経となっている方もいましたし、月経痛や過多月経、子宮筋腫などさまざまなトラブルを抱えながら「歯を食いしばって」仕事をしていたのです。
患者さんを治している「産婦人科医なのに」ともすると患者さんより深刻な状況でした。当時の医局はほぼ365日、強いストレスの中、不眠不休で働いておりました。OC/LEPのない当時においては「産婦人科医だから」と言えるかもしれません。
昨今、「新型栄養失調」の方は増えています。痩せ細ったいわゆる栄養失調ではなく、摂取カロリーとして足りていても、タンパク質やミネラル、ビタミンといった体に必要な栄養素が不足した「極端に偏った食事による栄養不足」のことです。厚生労働省の調査によると、70歳以上の5人に1人は該当するとされ「高齢者」以外のハイリスク群は「中年男性」と「20代女性」となっています。
若い女性は月経発来と成長期が重なるため、鉄の需要が増して欠乏状態に陥ることが分かっています。鉄は皮膚・粘膜の代謝に働いており、胃腸粘膜にも影響を与えるため、鉄不足は他の栄養摂取も低下させます。日本は鉄欠乏が深刻ですが、摂取不足だけでなくOC/LEPの普及率が低いことも要因と考えられています。昨今問題となっている、不妊症や発達障害の増加も、日本でも取り組みが始まった「プレコンセプションケア(Preconception Care/妊娠前の健康管理)」もこうした背景によるものでしょう。
鉄欠乏の症状は、従来の目まいや息切れだけでなく、精神面での不調や皮膚トラブル、胃腸障害など多くは不定愁訴といわれる症状と重なります。OC/LEPを服用することの意義は鉄欠乏――ひいては新型栄養失調――の回避にもつながるものと考えます。
性(生)教育や日頃の外来診療では、親子でいらっしゃる方も少なくありません。保護者の多くは、OC/LEPには懐疑的で「自然ではない」「身体に悪い」「がんになる」と思い込んでいます。しかし、データを基に実際の安全性や有用性などを示し、月経痛を我慢し続けることは美徳でないばかりか、むしろ子宮内膜症といった不妊症や卵巣がん、動脈硬化の原因となる疾患につながる可能性が高くなることや、月経血が多いことによる鉄不足の弊害などを説明することで理解いただけます。
昭和の時代はOC/LEPがなかったので「皆平等に」我慢するしかなかったのですが、現代はそうではありません。「知識があるかないか」で、表面上は一見、同じ令和を生きているように見えても、その実、昭和と変わらぬ苦労をしている人とそうでない人といった大きな差が出来ています。
1999年に初めてOC/LEPを処方した頃、同じ外来において、40代のソセゴン中毒(麻薬拮抗性鎮痛薬ペンタゾシン依存症)の患者さんを診ました。月経痛が原因でした。もう少し早くOC/LEPが認可されていたらその方も依存症にならず全く別の人生になったのに…と思ったことを覚えています。私自身もさまざまな月経トラブルを抱えてきましたが、これからを生きる方々には、月経トラブルに費やすエネルギーを、自身の充実した人生のためにぜひ使ってほしいと願っています。