私が大学を卒業し鹿児島市立病院産婦人科へ入局したのは1999年5月のことでした。
ちょうどその年の9月に欧米より約40年遅れで日本でも低用量経口避妊薬(OC)が処方可能となり、日本人女性が自分自身の意志で避妊可能な時代になった記念すべき年に産婦人科医としての人生をスタートしました。
鹿児島市立病院は周産期センターが全国的にも有名で、特にNICUの規模が大きく、入局して4年間は産科、婦人科、NICUを4か月毎にローテーションする日々でしたので、当然のことながらOCに出会うこともなく効能や処方法も知らないままに産婦人科専門医となりました。
内分泌に対する知識や経験が浅く、父親のクリニックで代診の際にモーニングアフターピル処方希望の患者様が来院されましたが、何を処方していいのか分からずに先輩に電話しまくり、何とかヤッペ法を教えて頂き処方までたどり着きました。当時は簡単にネット検索などできない時代でかなり苦労したのを思い出します。今考えると、このヤッペ法が産婦人科医として初めて処方した女性ホルモン製剤でした。
将来の方向性も考え2008年5月に開業医の副院長として第2の産婦人科医人生をスタートしました。
分娩数が多く産科主体のクリニックでしたが、婦人科疾患の患者様も多く、そこで初めて実際にOCを手に取り処方をさせていただきました。同年7月にはLEPも解禁となりましたが処方数は増えることなく、どんな患者様にどのように勧めるかが分からずに目の前を月経困難症の患者様が通り過ぎていったのが現実でした。
新たなステージを模索した時に産婦人科がない地域に開業したいと考え、鹿児島県日置市に11年11月に開業しました。日置市の人口は約47,000人、女性は24,000人の地域で当院は年間約550件前後のお産を扱っており、医師は私一人なので婦人科手術はあまり時間のかからない子宮鏡手術や腟式子宮全摘を月3件程度、不妊治療は人工授精までを行なっております。
地域性なのか自宅や施設への往診依頼もあり田舎町の産婦人科医として充実した日々を過ごしております。地域的にOC/LEP希望の患者様は少ないと予想しておりましたが、母体保護法指定医として人工妊娠中絶や中期中絶も行なっているために未成年の妊娠、人工妊娠中絶、予期しない妊娠を繰り返す患者様を数多く経験することとなりました。
最初は自己流でOC啓発、避妊指導、高校での性教育講演を行なっておりましたが、中高生や未成年にどのような性教育を行い、OCを主体とした避妊法をどのように伝えるのかを悩む日々を過ごしておりました。悩む日々の中で女性医療セミナーでの北村先生のご講演や避妊教育ネットワークの先生方に出会えたことで様々な悩みを解決することができました。
鹿児島県は人工妊娠中絶率が高く、OC/LEPの処方率が低い地域です。OC/LEP/LNG-IUSの自己流の普及法ですが、受診理由は問わずに外来受診した患者様全てに生理痛や避妊の必要性を問いかけ、問診票を参考に中高生の女児を持つ患者様には生理痛は我慢しなくていいと説明し、LEPに関する情報提供や子宮頸がん予防ワクチン(HPVワクチン)の必要性も説明しております。当然の事ながら他の患者様の待ち時間は長くなりご迷惑をお掛けしておりますが、いつの頃からか中高生のLEP希望者が増え始め同時に子宮頸がん予防ワクチンの接種率が上がっていることに気付きました。
OC/LEP/LNG-IUSを勧めることにより患者様とゆっくり対話ができ、現在の状況や悩みをより一層把握できるようになり、さらにはその患者様の親族や友人も分娩や婦人科的な相談で来院してくださるようになりました。
OC/LEP/LNG-IUSは私の医師人生において「患者様との大切なコミュニケーションツール」です。
少しお節介な産婦人科医ですが、地域からOC/LEP/LNG-IUSの普及と性教育の重要性を鹿児島県全体に発信していきたいと考えております。