OCが日本で認可された前の年に、私は父が始めた産婦人科医院で開業医人生のスタートを切りました。当時私が学んできた大学や基幹病院では、OCは妊娠を避けるためだけの薬で、ご指導いただいてきた先生方はもとより、世の中でもOCはなかなか受け入れづらい時代でした。さらに、産婦人科医の娘でありながら、修学旅行やプールへ行くから月経移動したいと親に願い出ても「まだ早い、副作用があるからやめなさい」と一喝。月経に支配され育った私は、後にただの生理痛から子宮内膜症、子宮筋腫を発症していくことになりました。
「こんなモノ飲んでないで、早く結婚して子どもを産みなさい!」
月経調節や月経痛緩和、中絶手術後の女性に当初から私は積極的にOCを処方していました。不運にも父の外来に当たると、このようなパワハラまがいの言動でOCを中断させられていたのです。
何より私の医師人生で最もやりがいがあったのは、「女性は子どもを産むのが当たり前」精神を持った最大抵抗勢力の父にピルを理解してもらうことでした。保険適応LEPが登場したころからは、多くの月経困難症患者さんが笑顔になるのを目の当たりにし、次第に父娘のバトルも鎮火していきました。思い起こせば、LEPをOCと同じ成分の保険治療薬として上市した功績は大きかったと考えています。
「生理は妊娠するための準備。今赤ちゃんを考えていないのなら、生理を休ませてあげるのもいいよね。ピルを飲むと、赤ちゃんはいないけど妊娠と同じような状態になるから、生理のトラブルがなくなるんだ」
私は外来や性教育講演でいつもこのように伝えています。少子化が進む今、父の考えも少しだけ理解できるようになった私は、プレコンセプションケアにも力を入れています。OC/LEPを服用し、望んだ時期に希望通り妊娠・出産していく女性は、様々なことに前向きで生き生きと輝いて見えるからです。
私を避妊教育ネットワークへ推薦してくださったのは、I先生でした。地域の産婦人科医会支部長だった私が、I先生にOCのご講演を依頼したのがきっかけです。
パワフルで歯切れ良く分かりやすいお話と美しく凛とした佇まいに、同じ産婦人科医、女性として感銘を受け、いつか先生のようになりたいとずっと憧れておりました。診療の合間に、ボイストレーニングや話し方教室のレッスンにも通いました。ちょうど今の私の年齢が当時のI先生とほぼ同じになったのですが、まだまだ足元にも及ばずさらなる努力が必要だと感じています。
父から継承したクリニックが間もなく開院から半世紀を迎え、不妊治療や手術を経験し赤ちゃんを授かり、妊婦健診、出産と診てきた患者さんたちも、私と一緒に年を重ね更年期を過ぎてきました。今では親子3世代にわたって診ている患者さんも増えています。どことなく顔かたちや雰囲気が似ているように、母娘の体質や婦人科疾患も重なって映ることがあります。
月経トラブルがあり母娘で来院された際は、遺伝的素因もあること、OC/LEPで予防ができる婦人科疾患があることもきちんと伝えています。
コロナ禍の影響もあるのか、月経トラブルやうつ症状の強い月経前症候群(PMS)を抱えた小、中学生の女の子も増えています。食生活の乱れや家族、友人関係のトラブルなど、生活環境に問題のあるケースも多いため、できるだけじっくり訴えを聴き、言葉の中に解決のヒントを見つけ出すよう心掛けています。その中でも服用後にすっかり元気になる子もいるので、OC/LEPの役割は大きいと実感しています。
近年OC/LEPは低用量化、ジェネリックも加わり種類も増え、使い分けに悩むこともあります。避妊が必要ならOCですが、LEPは投与法や含有プロゲスチンの種類によって体調の変化に微妙な差があり、患者のニーズや体質に合わせた処方選択が必要だと考えています。そのため、どんなに忙しくても優しく語り掛け、患者の顔色や表情、声のトーンなどにも意識を向けるよう留意しています。OC/LEPは私の医師人生において、勤務医時代にはできなかった「患者に寄り添うツール」になっていることに気付いたのです。
写真 八田真理子氏