Facebook Twitter LINE
OC/LEPが私の医師人生をどう変えたか

OC/LEPが私の医師人生をどう変えたか<19>
OC/LEPで女性の包括的なヘルスケアの一翼を担う

第812号

獨協医科大学産科婦人科(栃木県壬生町) 添田 わかな
獨協医科大学産科婦人科(栃木県壬生町) 添田 わかな

EC(緊急避妊ピル)との出会い

 大学卒業後3年目の外来担当日に米国の学生さんが受診されECの処方を希望していました。上級医に相談し、日本家族計画協会に電話しましたところ、電話口で対応して下さったのが北村邦夫先生でした。ドオルトンかプラノバールを2錠内服させ、その12時間後に2錠追加で内服させ、消退出血を確認することなど丁寧にご指導いただきました。
 それから1か月ほど経って帰国した学生さんからサンキュー・カードをいただきました。日本ではECが簡単に手に入らず困っていた事と丁寧なお礼が書かれており、感激したことを今でも覚えています。

OC(低用量ピル)との出会い

 低用量ピルの処方が認可されるようになった1999年は私にとって専門医試験の年でした。当時は中用量からの変更や海外で内服していた方が処方を希望されることが多く、受け身の処方でした。
 その後産休を経て、神田第二クリニックの間壁さよ子先生の下で勤務を始めました。オフィス街でしたので若い女性に対するOC処方や不妊治療、セミオープンシステムの妊婦検診など沢山の患者さんと接しました。私もOCを内服していたので、不正出血の対応や飲み忘れたときなど説明しやすく感じました。
 間壁先生からOCの勉強会にお誘いいただいたり、国内外の学会で得た情報を教わったり、常に勉強してないと遅れちゃうわよとご指導いただきました。今でこそオフィスギネコロジーという言葉がありますが、産婦人科のプライマリケアを実践しており、私も将来は婦人科内科を担いたいと思いました。

LEPとの出会い

 LEPが承認されるようになった2008年に夫の転勤で栃木県に引っ越し、大学病院でも月経困難症にLEPを処方でき、OCでメリットを感じていたためスムーズに処方ができました。大学では小児科から継続したホルモン療法など望月善子教授のもとで思春期、性成熟期、更年期そして骨粗鬆症など老年期まで予防医学も含めた長期的な女性のヘルスケアの基礎を学びました。

性教育との出会い

 また、アルテミス宇都宮クリニックにも週1日勤務しています。木内敦夫院長から、お産で忙しいため「宇都宮市性教育サポート事業」に代わりに行ってと頼まれたことが性教育とのご縁でした。
 宇都宮市は産婦人科医会の先輩方が構築したシステムがあります。宇都宮市の教育委員会から医師会を経て産婦人科医会へ講師派遣依頼があり、全25市立中学校に医会の有志が「性教育サポート事業」の講師として派遣されます。最初は前任から引き継いだスライドを用いましたが、学校の養護教諭と相談したり事前アンケート結果を反映させたりと工夫しながらスライドを作成しています。
 この経験を生かして、大学の授業でもリプロダクティブ・ヘルス/ライツについて最初に話すようにしています。看護学生や助産師にHPVワクチンやOC/LEPの効用、直近の国家試験で月経のタイミングと重なる時は移動することができると出題されたことなどを伝え、困った時は産婦人科医に相談してほしいと説明しています。

女性の一生を診ていく

 来し方を振り返りOC/LEP処方の節目ではメンターに恵まれ、新しい学びに結びついていることを感じました。現在は大学で思春期・更年期外来を担当しています。OC/LEPから包括的なヘルスケアの一翼を担うべく、リサーチマインドを持って、目の前の患者さんを丁寧に診てまいります。


今月の人

そえだ・わかな
1994年、埼玉医科大学卒業後、聖路加国際病院で初期研修。2008年より獨協医科大学。18年より常勤。

JFPA無料メルマガ登録をお願いいたします!

前の記事へ 次の記事へ

今月のページ

季節号・特集号

連載・コラム

バックナンバー