「加害者臨床」と聞いて、みなさんはどのような印象を持たれるでしょうか? これは加害者のためでは決してなく、被害者の権利を守り、回復を支える臨床領域のことを指します。
今回、第一線で活躍されている斉藤章佳氏(西川口榎本クリニック副院長・精神保健福祉士・社会福祉士)に語っていただきました。被害者の立場を尊重した加害者臨床とは何かについて理解を深められる内容となっています。ぜひ、ご一読ください。
この瞬間にも日本のどこかで性犯罪が起きている、というのが現実です。これを解決するには、まず、社会の中にある前提となっている価値観を変えていかないといけません。根強い価値観を変えるのに一番強力で早い方法は法律や制度の改正です(例えば、2023年7月の刑法改正など)。これらが変わると、行政も警察も裁判所も、そしてわれわれのような一市民も合わせざるを得なくなりますので、おのずと考え方も変わります。
おそらく、多くの日本の女性は、本人が自覚しているか否かを除けば、痴漢や盗撮をはじめとした、何らかの性暴力に成人するまでに遭っていると考えています。ですが、日本は被害に遭ったことを訴えたときに、周囲がそれを性暴力だと認定しない(できない)ことがあまりに多過ぎます。一度、自分が訴えたことを受け止めてもらえない経験があると、訴えること自体が無駄だと思うようになりますし、ひどい場合だと自分が受けたことが性暴力だという認識もできなくなってしまうことすらあります。
最近では、だいぶなくなってきているようですが、例えば警察署に行って対応してもらおうとしたところ、「この人にも家族がいるんだから」と諭されたり、「土下座して謝っているから許してやって」と言われたりして、被害届を取り下げるほうに誘導するといったことも実際にはあったようです。これまで、日本は性暴力をなかったことにしてきたというケースが多過ぎたのではないでしょうか。やはり、法律・制度を変えるというのが、こうした現状や価値観を変えるために最もシンプルな方法だと思います。
そして、法律・制度へのアプローチだけでなく、もう一つ、包括的性教育を幼少期から行っていく、というのもこれから大事なポイントになってきます。
基本的な性的同意、性行同意年齢、からだの権利、プライベートゾーン、性的自己決定権、こういった知識に幼い時から触れていくことで、自分の身体が大事なものであることを認識し、成長するにつれ外の世界との間に境界線が出来上がっていくことが大事なのだと思います。そして、包括的性教育の数ある目標の一つとして、ひとたび痴漢が起こったときに被害者も周囲の第三者も声を上げられるような人間を育てていくという認識が、これからの日本に必要なのだと思います。
また、加害少年にも、包括的性教育が必要とされます。よく言われることなのですが、「性加害は、初犯は防げないけれど、再犯は防げる」というのが今の現実だと思います。初犯をどうやって防ぐのかというのは、現在も世界中で研究されているところですが、例えば私が関わっている少年事件のケースを見てみると、初犯に至るまでに、実は加害行為などをかなりの回数繰り返していたという事実に気付くことがあります。こうした潜在的な加害者の最初に行う加害行為をどうやって止めるか、ということがとても大事になります。
少年事件に関わっていると、加害行為をした少年たちは、性的同意や性的自己決定権といった性教育のキーワードをどれも聞いたことがない、知らないという場合がよくあります。そして、ひとたび事件を起こしてしまうと決まって「こんなに大ごとになるとは思っていなかった」という反応をします。アダルトコンテンツや動画サイトなどで見たことを現実に期待して、きっかけも受験や人間関係のストレスがたまっていたなど本当に些細(ささい)なことなのに、非行事実が明らかになったら学校を転校することになったり、全然知らない土地に親と引っ越しをしないといけなくなったりといったことが、まさか自分の身に起こるなんて、想像もついてなかったという状態です。
そこで、事件を起こした子たちに一つずつ丁寧に包括的性教育のキーコンセプトを説明をしていくと、「いや、これは知らなかったです」「それを知っていたら、今回の事件はどこかで踏みとどまっていたかもしれない」「性について、ちゃんと話ができる大人がいなかった。いたら、もしかしたら相談できていたかもしれない」といった声が大変多く聞かれました。こういった少年たちが1回目の性加害を起こす前に包括的性教育によるアプローチを受けることが大事だと、現場でも実感しています。
スマートフォンを持つ子どもが最近増えてきて、さまざまな情報に触れたり、SNSを通じてやり取りをしたりする年齢が下がってきています。情報端末を扱う上で子どもたちが加害者にも被害者にもならないために、「盗撮」と「性的グルーミング」については大人たちから正しい情報を伝えてほしいです。
盗撮は、いまや小学生でも加害者になることがあります。また、本人はやらなくても、繁華街のエスカレーターなどでスマホを出しているだけで盗撮バスターといわれる人物から一方的に疑いをかけられ金銭を要求される、といった事件に巻き込まれるリスクもあります。
本来、エスカレーターでスマホを見なければいけない理由は、まずないので、事件が起きやすい場所でわざわざ疑われるようなことはしないということを伝えるのも重要です。
また、他人を無断で撮ってはいけないということも、つまり他者を無断で撮影することの暴力性を、スマホを持つときにはきちんと教えるべきです。
また、性的グルーミングは概念から教えておく必要があります。認識をするための枠組みがないと、子どもたちは自分がされていることを性的グルーミングだと思わないことがあるためです。ただただ優しい人、話を聞いてくれる人を装って、加害者は性的意図を隠しながら子どもたちに人気のオンラインツールを通じて近づいてきます。顔は知らないけれど、年上の友達になってくれる人、受験の相談に乗ってくれたり、勉強を教えてくれたりする人、自分が知らない世界を教えてくれる人など、加害者は子どもたちの承認欲求を巧みにくすぐって近づいてきます。そのため、SNSやゲームアプリを使う際には、知らない人とつながることがリスクであることも教えないといけません。
私たちも成長の過程で経験していることですが、親に秘密をつくることで親と距離をとり自立していくという側面はあります。それまでは親が全部知っている状態だったのに、ちょっと世界が広がって、外での秘密が増えていくことで、親との物理的・心理的距離がとれる状態になっていくのですが、ただ、秘密にしていいものと秘密にしない方がいいものがあるということは、必ず伝えておいたほうがいいでしょう。
コラム
2024年4月6日、旧ジャニーズ事務所で性被害を受けた当事者で結成する「ワニズアクション」が、先日都内でキックオフイベントを開催しました。被害者支援、加害者臨床、包括的性教育を3本柱として掲げています。被害者支援、加害者臨床ももちろん大事ですが、それ以前の包括的性教育も重要という視点です。この3つがうまく調和することによって、子どもたちを加害者にも被害者にも傍観者にもしないことを目指します。
この歴史的な性加害事件は23年3月に英BBCが報じて話題になりましたが、中でも最もインパクトがあったのは「グルーミング」という言葉でした。メディアを通じてこの言葉が知られるようになりましたし、もう一つは、男の子も性被害に遭うことが現実に起こるということがようやく認知されるようになりました。
私が関わる加害者臨床の現場でも、加害当事者から過去に性被害の経験があったというのを、ニュースを見て初めて認識できるようになったというケースがありました。子ども時代に受けた性被害はそれがなかなか性暴力と認識できず、カミングアウトもしづらいということが現実に起こっています。
今後は、未成年時に経験した性被害については控訴時効を撤廃していくのがワニズアクションが達成するゴールの一つだと考えていると聞いています。現在の法律では、性被害を受けても声を上げられずに時効を迎えてしまうと、もう刑事事件として扱えなくなるのが現状ですが、時効を撤廃することで、被害者の権利を守っていくことができると考えています。