COVID-19の第5波拡大以降、わが国では感染者数の急激な減少が続いている。原因ははっきりしないが、国民の全人口に占めるワクチン2回目接種率が8割近くになっていること、日本国民の律儀さがそうさせているのか、マスク着用率が驚くほどに高いことなども影響しているに違いない。
個人的には、「ひょっとして収束か」との期待が高まるのも束の間、新たな脅威が世界を駆け巡っている。南アフリカで発見されたという変異株「オミクロン株」の拡大である。日本政府は、11月30日0時からの1か月間を目途に、外国人の入国を禁止するという大胆な措置を発表した。COVID-19の拡大によって、脅かされているセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康:SRH)がさらに後退することにならなければ良いがと祈る気持ちでこの原稿を書いている。
コロナ禍の脅威をよそに、長年の懸案であったHPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチンの積極的接種再開の動きが加速している。
2021年11月26日には、厚労省健康局長から都道府県知事、市区町村長宛てに、「HPV感染症に係る定期接種の今後の対応について」という事務文書が発出された(写真1)。
13年4月に定期接種がスタートしたHPVワクチンであったが、ワクチンとの因果関係が否定できない持続的な疼痛が接種後に認められたことから、同年6月には、副反応の発生頻度が明らかになり、適切な情報提供ができるまでの間、定期接種を積極的に勧奨しないことを決めて今日に至っていた。
本会では、4価のHPVワクチン開発に協力してきたこともあり、当時から一貫してHPVワクチンの積極的接種勧奨再開を求めてアドボカシー(政策提言)活動を展開してきた。以来既に8年が経過し、当時は定期接種対象年齢の70~75%の接種率であったものが、1%未満になってしまっていたことを憂慮していたこともあり(図1)、今回の厚労省の決定に対して安堵の気持ちを隠すことができない。
計画としては、22年4月から個別接種を再開すること、準備が整った市区町村では、それ以前より実施することができるとしているが、本会主催の各種セミナー、機関紙やサイトを通じた広報活動などを通して、接種率のV字回復が図られるよう努めて参りたい。
しかし、積極的な接種勧奨の差し控えによって接種機会を逃した女性に対して、今後公費負担による接種機会を提供できるかである。本会クリニックでは、この間に定期接種対象年齢の女性に対して積極的に接種してきたが、対象年齢から外れてしまったにもかかわらず、自費で接種してきた女性も少なくない。彼らに対する費用負担を遡及できるだろうか。また、20年7月に承認された9価のHPVワクチンについては、現状任意接種の対象となっているが、これを定期接種、さらには男性への接種拡大を図れないだろうか、など課題が残っている。
わが国の場合、人工妊娠中絶手術としては、子宮頸管拡張・子宮内容物除去術(D&C)と吸引法が主流である。
本会では、世界で約80か国・地域で承認されている「飲む中絶薬」である経口妊娠中絶薬を安全な中絶法と位置づけ、10年頃より日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会など学際的な団体と協働で、経口妊娠中絶薬のわが国への早期導入に向けた活動を展開してきた。
この中絶薬については、わが国では二つの企業が開発に取り組んできており、12月下旬にも、製造販売の承認申請が行われると聞いている。「聞いている」という言い方は、些(いささ)か消極的ではあるが、本会が協力して進めてきた企業での治験が立ち後れていることもあり、他社での申請が先行したということである。
この企業が実施した国内での第3相試験では、妊娠9週までの妊婦120人の93%が24時間以内に中絶を完了している。6割近くに腹痛や嘔吐(おうと)などの症状が認められるも、ほとんどが軽症か中程度であり、中絶薬との因果関係があるとされた副作用は4割弱だった。いずれにせよ、経口妊娠中絶薬の早期承認は、本会にとっての長年の悲願でもあり、この動きを歓迎したい。
折しも、この動きに強力な援軍が現れた。21年7月2日付で厚労省子ども家庭局母子保健課長から、日本産婦人科医会と日本産科婦人科学会の両団体に宛てた「人工妊娠中絶等手術の安全性等について(依頼)」のことである(写真1)。
ここでは、WHO(世界保健機関)が人工妊娠中絶・流産手術について、EVA(Electric Vacuum Aspiration:電動式吸引法)とMVA(Manual Vacuum Aspiration:手動式吸引法)を推奨していることから、会員への周知を求めたのだ。
わが国で広く行われているD&Cは、EVAやMVAより安全でなく、女性にとって相当程度より苦痛をもたらすことから、吸引法はD&Cに取って代わるべきであり、安全性と女性のケアの質を改善するために努力すべきであると強調している。
この文書には、経口妊娠中絶薬の文字はないが、WHOが中絶薬をエッセンシャルドラッグと位置づけていることから、近い将来、D&Cに代わる中絶法として注目されるに違いない。
低用量経口避妊薬が1999年6月、国連加盟国中最後の承認国となったことなどに鑑みると、申請から承認までには相当な時間がかかることが懸念される。しかも、治験では、入院を求められたことなどもあり、仮に承認・発売されても、費用の問題などと合わせて「女性にやさしい」中絶薬の扱いがわが国で可能になるのか疑問視せざるを得ない。
OTCとはOver The Counterの略語で、カウンター越しに薬を販売することを言う。2020年12月25日に閣議決定された第5次男女共同参画基本計画において、緊急避妊薬を処方箋なしに薬局で販売できるOTC化が検討事項として取り上げられたことを契機に、上へ下への議論が沸騰している。
筆者は、緊急避妊薬が承認・発売された11年の前年、10年7月に市場調査の名目で、フランス・パリと英国・ロンドンを訪問する機会があった。わが国で緊急避妊薬の早期承認を求める立場での調査だった。パリの街角で入った薬局で緊急避妊薬を求めると、BPC(Behind The Pharmacy Counter)というが、カウンターに立つ薬剤師の背後に置かれた戸棚から緊急避妊薬を取り出して簡単に渡してくれた(写真2)。しかし、ロンドンでは拒否されたのだ。自分の素性を明らかにしてもなお、「あなたが男性だから!」という理由で。男性は、緊急避妊薬の服用を相手の女性に強要する危険性があるというのが理由だった。たまたま同行していた女性に依頼すると、薬局内のカウンセリング室に通され、緊急避妊薬の作用機序、避妊効果、服用に際しての留意点などを細かく説明されたという。
妊娠を回避するためには、緊急避妊薬のアクセスのしやすさはとても重要であることは言を俟(ま)たないが、ロンドンの薬局で経験したような受け手(薬局、薬剤師)側の体制整備が急がれている。しかも、緊急避妊はスタートであって決してゴールではないわけで、妊娠する側にある女性が主体的に取り組める低用量経口避妊薬や子宮内避妊具/子宮内避妊システムなど、より確実な避妊法へと行動変容を促せるようにするためには、薬局と近隣の産婦人科施設との有機的な連携が必須ではないだろうか。
筆者の所属している日本産婦人科医会が会員に向けて「緊急避妊薬のOTC化に関する緊急アンケート調査」を実施したところ、回答した会員の43%がOTC化に「反対」との回答があったという。長年にわたって緊急避妊薬の処方にあたってきた産婦人科医の「反対」意見に対しては、これを真摯(しんし)に受け止めて、OTC化議論を進めていく必要があると考えている。
以上、わが国におけるSRHの課題について私見を述べたが、読者各位からの忌憚(きたん)のない意見が寄せられることを願っている。