厚労科研「コロナ禍における第一次緊急事態宣言下の日本人1万人調査」
~セックスが減った、暴力は増えていない、充実した生活には分断、孤立を避ける~
2020年度厚生労働行政推進調査事業費補助金(厚生労働科学特別研究事業)研究として「新型コロナウイルス感染症流行下の自粛の影響―予期せぬ妊娠等に関する実態調査と女性の健康に対する適切な支援提供体制構築のための研究」(主任研究者安達知子日本産婦人科医会常務理事)の分担研究として「コロナ禍における第一次緊急事態宣言下の日本人1万人調査」を実施した。
この調査は、第一次緊急事態宣言が発出された前後の2020年3月下旬から5月下旬を振り返って―という条件付きで、20~69歳の日本人男女1万人を対象として実施したものである。
(本会理事長・家族計画研究センター所長 北村邦夫)
自粛下に妊娠や暴力が増えたか
自粛生活を余儀なくされた当時、メディアを通じて様々な憶測が流れたことはまだ記憶に新しい。
- 若者たちが「にんしんSOS」に殺到したこと。全国一斉休校などによって家庭での自粛を余儀なくされた若者たちの性行動が活発化し妊娠例が増えたのだろうか。
- 妊娠届出数が前年に比べて激減していたことが話題になった。特に、20年5月では17.1%減となったことが国から発表された。「3密」を避けるために日本人がセックスを控えた結果なのだろうか。
- 自粛下にあってパートナー間の暴力や家庭内暴力が頻発しているとの報道もあった。UN Womenでは、「COVID-19―女性と女の子に対する暴力」の報告書で、世界では15~49歳の女性と女の子の18%近くが、直近12か月の間に親密な関係にあるパートナーから性的・身体的暴力の被害を受けたという。自粛が続く窮屈で閉塞的な住環境下では、この数字は増加するとみられている。
- コロナが長期化する中、時短営業を求められ、失業や休業に伴う貧困、孤独などにより自殺が増加。中でも女性の自殺が目立つなどの警察庁データも目を引いた。
果たして事実はどうなのだろうか。限られた紙面ではあるが、調査結果の一部を以下に紹介したい。
調査は20~69歳の男女1万人
15年に実施した国勢調査の結果に準じて、20~69歳までの都道府県・性・年代に割り付けて標本数を配分し1万人を調査対象者として、20年10月26日(月)から29日(木)まで、(株)クロス・マーケティングによるインターネット・リサーチ(アンケート依頼メールを各回答者に配信しウェブ上で回答)が行われた。配信数は163,881人、回収数10,000人。回収後、データ・クリーニングを行い、不適正回答と思われる人を集計対象者から除外し9,990人について集計解析した。なお、調査に際しては、本会研究倫理審査委員会に諮り承認された(20年10月9日、承認番号JFPA-2020022)。
「充実していなかった」が男女ともに6割超え
コロナ禍における心境を聞くと、「充実していなかった」が男女ともに6割を超えているが、「充実していた」(充実していた+やや充実していた)との回答も男性37.2%、女性38.7%であった(図1)。
「充実していた」と回答した男女に共通しているのは、既婚、パートナーがいる、パートナーとの関係が良好である、収入が増えた、セックス回数が増えた、パートナー以外とセックスした。男性では「子供がいる」などが統計的に有意差を示した項目であった。自粛下でも孤立していなかったというのが「充実」につながったのではないだろうか。
パートナー間の暴力について、「この時期(20年3月下旬~5月下旬)に、あなたはパートナーとの間で暴力行為(身体的・性的・精神的な暴力行為)があったか」と聞くと、「あった」(現在もある+現在はない)は全体の4.0%(男性4.3%、女性3.8%)。目立つのは、20代男性の12.2%(現在もある7.6%、現在はない4.6%)。
暴力が「あった」と回答した男女でみると、「パートナーから振るわれた」が全体の52.0%。その内訳は、男性から女性への暴力が65.6%と高いが、女性から男性への暴力も38.2%を数えている。
「パートナーに対して自分が振るってしまった」が全体の25.0%(男性34.1%、女性16.0%)、「お互いに振るった」は23.0%(男性27.6%、女性18.4%)。
暴力行為の内容では、最多は「精神的な暴力(暴言、強迫、差別的な発言、無視されるなど)」で45.6%(男性40.7%、女性50.4%)、次いで「身体的な暴力(殴る、蹴る、叩く、刺す、など)」30.6%(男性30.9%、女性30.4%)。
自粛下における暴力行為の頻度の変化を聞くと、「変わらないが」が55.6%(男性53.7%、女性57.6%)だが、「減った」26.6%(男性30.9%、女性22.4%)、「増えた」17.7%(男性15.4%、女性20.0%)で、自粛下では暴力が増えるという仮説を覆す結果となった(図2)。
暴力が増えたと回答した男女で共通しているのは、「自宅で過ごす時間が増えた」「パートナーとの関係が悪くなった」「飲酒量が増えた」で、暴力が増えた背景が垣間見える。因果関係ははっきりしないが、男性ではさらに「充実していなかった」「休日の頻度が増えた」「セックスの回数が増えた」「自慰の頻度が増えた」、女性では「40歳代と60歳代」となっている。
自粛下、男性の4割、女性の6割がセックスしていないと回答
「この時期に、あなた自身のセックス回数は変わりましたか」と聞くと、「変わらなかった」は39.0%(男性47.1%、女性31.0%)だが、「していない」49.8%(男性39.5%、女性59.8%)、「減った」7.9%(男性9.4%、女性6.4%)、「増えた」3.3%(男性3.9%、女性2.7%)。
自粛下セックスをしていないのは男女ともに年齢が上がるにつれて高い傾向を認めた。男女ともに、「減った」が「増えた」の2倍以上であった(図3)。
セックスが減るという傾向は、未婚、初婚、再婚以上、離婚などに分けても同様であった。
セックスの頻度が「減った」理由を聞くと、「外出を控えていた」が44.2%(男性45.7%、女性42.1%)でトップ、次いで男性では「機会がなかった」26.4%(女性20.9%)、女性は「その気になれなかった」で28.8%(男性22.6%)。「本人あるいは相手がコロナに感染した」は0.4%であった。
外出を控えて、自宅にこもっていたら、セックスが行われる頻度が増えるのではないか―という仮説は成り立たなかった。20年の妊娠届出数の減少、結果として出生率が低下することが話題になっているが、セックスが行われていない、減ったことが原因である可能性は極めて高い。
この調査対象者が20~69歳の男女となっていることもあり、「にんしんSOS」に若者からの相談が殺到したという報道に正確に答えることはできないが、セックスが行われた結果として妊娠不安に陥り電話相談やLINE相談に助けを求めたのだろうが、それが「妊娠」を必ずしも意味するとは限らない。長年にわたって電話相談事業を運営してきた筆者の経験からは、自粛生活で相談する時間が増えたことと相談件数の増加に関係があるのではないだろうか。
自粛下にあっても、人と人とのつながりを大切にしたい
COVID-19についても、ワクチン接種がスタートしたとはいえ、供給不足もあって、全国民に対する接種が完了するのがいつになるのか皆目分かっていない。そのような中で、COVID-19の第4波、第5波などによって、今後も緊急事態宣言が発令される可能性すら否定できない。あるいは、COVID-19が収束してもなお、想定外の人災や自然災害などのために自粛を余儀なくされることもあり得る。その際、今回の調査研究の成果を生かせるようにすることが極めて重要であることは今更言うまでもない。以下、提言をまとめた。
- 今後、自粛を余儀なくされる事態が起こった際にも、充実した生活を送れるようにするためには、ある程度の収入の確保と、人と人とを分断させない、孤立させない施策が求められるのではないだろうか。
- パートナー間の暴力が、「自宅で過ごす時間が増えた」「休日が増えた」などと関係することを考慮すると、在宅勤務を推奨するだけでなく、暴力を回避するためには、家族間でのコミュニケーションを十分に維持できるような施策が求められる。
<謝 辞>
本調査の報告を終えるにあたり、調査にご協力いただいた国民の皆さんに心から感謝したい。さらに、以下研究協力者に深謝したい。(敬称略)
(自治医科大学地域医療学センター公衆衛生学部門)阿江竜介・小佐見光樹、(国立社会保障・人口問題研究所)林玲子・守泉理恵・中村真理子、(神奈川県立保健福祉大学)吉田穂波、(東北大学 大学院環境科学研究科)田代藍、(本会家族計画研究センター)杉村由香理