人口動態統計速報によると昨年の出生数は、1899年の統計開始以来、過去最少を更新することが確実で、84万人前後になるとみられています。新型コロナウイルス感染症拡大による外出自粛や、妊娠に対する不安が影響した可能性も指摘されています。今回は国立成育医療研究センター周産期・母性診療センター新生児科和田友香氏に、コロナ禍における妊娠・出産や母乳育児について、日本や米国、イタリアの調査研究、諸団体の声明なども交えながら解説いただきました。 (編集部)
新型コロナウイルス感染症の影響は、日本においては昨年3月末から深刻さが増し、同4月には緊急事態宣言が発出された。ほとんどの日本人が経験したことのない〝外出制限〞であり、皆が未知のウイルスがもたらす死を恐れて生活をすることとなった。
こうした事態は妊娠届出数にも影響し、緊急事態宣言発出直後の同5月の妊娠届出数は、前年同月と比較すると17・6%減少していた(2020年12月24日厚生労働省)。
知らないことは不安であり、知れば不安が軽減される。新型コロナウイルスについては、1年前より分かってきたことが多い。少しでも安心して妊娠、出産、育児ができるように科学的根拠に裏付けられた最新の情報を得てほしい。うわさやデマに惑わされてはならない。
施設によっては院内感染を防ぐための水際対策として、無症状の妊婦に対して入院前あるいは入院時に、新型コロナウイルスPCR検査を行っている。これをユニバーサル・スクリーニングというが、入院時に陰性であっても後に陽性となることもあるため、感染対策はいずれにしても必須である。
新型コロナウイルス感染時の分娩については、日本産科婦人科学会などから「現時点でCOVID―19のみで帝王切開の適応にすべきとする根拠はありません。しかし、施設の感染対策に割くことができる医療資源、肺炎など妊婦さんの全身状態に鑑み、分娩管理時間の短縮を目的とした帝王切開を考慮」すると示されている。これも施設によって方針が異なるが、新型コロナウイルス感染時の分娩は全例帝王切開という医療機関も珍しくない。
理由は、①経腟分娩では妊婦さんの吐く息は控えられないこと②羊水や血液が散乱すること③帝王切開よりはるかに長い時間がかかること―など感染リスクが高いためである。
また、経腟分娩では助産師や産婦人科医が、広いとは言えない分娩室やLDR(陣痛室、分娩室、回復室が一つになった部屋)で密に関わることとなるが、これはいわゆる3密状態である。
本来は経腟分娩できる妊婦さんを帝王切開にすることには抵抗感が否めないが、いまだに特効薬がない感染症から医療者を守ることも大切なことである。よく考え、よく説明した上での方針決定が必要である。
昭和時代では、新生児室というところに赤ちゃんが集められ、3時間ごとに母親が呼ばれて授乳するということがなされていた。現在はこのような母子分離は①母子の絆形成を妨げる②母親の育児技術習得が遅れる③母親がわが子の様子をよく把握しないまま退院するため自宅での育児不安が強くなる④母乳育児を阻害する―などの理由から行われていない。出産後も、おなかの中にいるときから引き続いて24時間一緒に母児同室することが日本小児科学会などからも推奨されている。
では、新型コロナウイルス感染時の母親はどうするのか。
米ニューヨークの病院からの報告によると、新型コロナウイルス感染妊婦から生まれ、母児同室、直接母乳哺育を行われた76人の新生児において、新型コロナウイルス感染症を発症した児はいなかった(Dumitriu D, et al. JAMA Pediatr. 2021 Feb 1;175(2))。
またイタリアからは、分娩時から分娩後5日までに新型コロナウイルス感染症と診断された母親と新生児に関する報告がされている。62人の新生児は母児同室をしており、直接授乳が46人、混合栄養が13人、人工栄養が3人であった。出生時、生後7日目、20日目にPCR検査を行ったところ、1人だけが7日目に陽性だった(その後日齢18の退院時にもPCRは陽性だったが、日齢30に陰性を確認されている)。Ronchiらは、母親自身が新生児のケアができる状態であれば、母児同室、母乳栄養を行えると結論している(Dumitriu D, et al.JAMA Pediatr. 2021 Mar 1;175(3))。このように、海外では多くの国で母児同室が行われている。
一方、日本では母子分離となっていることが多いが、徐々に母児同室を見直してもよいのではないかという意見が出てきている段階である。
米国小児科学会も当初は母子分離としていたが、途中でマスクや手指衛生などの感染対策をした上であれば、母児同室も可能だろうと方針転換を行っている。以下に主な海外と日本の推奨を紹介する。
国連児童基金(ユニセフ)と世界保健機関(WHO)は、母親の新型コロナウイルス感染症を理由とした一律の母子分離はしないようにという推奨を出している。米国産婦人科学会、米国疾病予防管理センター(CDC)は、理想的には母児同室、家族と医療チームが話し合った上で協働意思決定(shared decision making)をするようにと言っている。
母児同室を推奨する理由としては、①母子を一緒にケアし、母乳育児を開始・継続することにより、母乳を介した児への感染防御が期待できること②母子分離をした場合の母子の愛着形成や養育に与える影響が大きいと考えられること③母子を別々にケアすることにより、個人防護具や隔離用スペースなどの医療資源がより多く必要となること―などが挙げられている。
日本産科婦人科学会は母子分離を推奨。日本新生児成育医学会は母子分離を推奨するが、希望により同室を推奨。日本小児科学会は昨年11月までは何もコメントしていていなかったが、現在は「これまで行われていた母子分離の制限を見直すことも検討できるかもしれない」としている。
母親の病状にもよるが、多くは無症状もしくは軽症で、育児可能な状態である。日本においても医療者が一方的に決めることなく協働意思決定ができるとよいだろう。
現時点で新型コロナウイルスが母乳を介して感染したという証拠はない。昨年夏にインターネット上で、「PCR検査で、新型コロナウイルス陽性患者の母乳から陽性反応?」というニュースが流れた。PCRはあくまでウイルスの断片を見ているだけで生きていて感染させるウイルスがいたということではない。
昨年8月のChambersらの報告によると、18人の新型コロナウイルスに感染したお母さんからの母乳を経時的にPCR検査と細胞培養によるウイルス分離を行ったところ、1検体のみPCRが陽性となったが、ウイルスは分離されなかった。
同9月のPaceらの報告によると、18人37検体の母乳のPCR検査を行ったところ、全て陰性であった。
大きなコホート研究などはないが、同12月にはそれまでの報告をまとめたレビューが出ている。12の報告、合計66 人からの母乳についてPCR検査を行ったところ、9例で陽性となったが、生きていて感染力のあるウイルスは証明されなかった(Bhatt H. Curr Nutr Rep. 2021 Jan 4.)。
新型コロナウイルスに感染した母親の母乳中には、新型コロナウイルスに対する抗体が含まれており、児を新型コロナウイルスから守る可能性が指摘されている。
一般的に、母親がなんらかの感染症に罹患した場合、母親がその微生物に対する抗体を産生する。その抗体は母乳に分泌され、児をその感染症から守る働きをしている。
今年2月の米国からの報告によると、新型コロナウイルスに感染した母親の母乳34検体中26検体に特異的IgAを、27検体中22検体に特異的IgGを認めた。
また、34検体中21検体では、イン・ビトロ(invitro…試験管や培養器で人や動物の組織を使った試験)で新型コロナウイルスの感染性を中和したことが確認された。
Paceらは新型コロナウイルスに感染した母親が重症でないなら、授乳を継続できるように支援することを推奨している(Pace RM, et al. mBio. 2021 Feb 9;12(1))。
コロナ禍における出産・母乳育児に関する情報元、相談先として2団体を紹介する(表参照)。
コロナ禍であっても誰もが出産、育児、授乳を楽しめる一助となれば幸いである。
表 出産・母乳育児に関する情報源・相談先