1974年1月28日、参議院議員の須原昭二氏は、「家族計画の指導方法の改善と経口避妊薬の承認に関する質問主意書」を国会法第74条に基づいて提出した。諸外国で避妊法の第一順位となっているピルは、わが国では未承認薬であるにもかかわらず、実際は医師による処方が行われて、その服用者数は50万人と推定されていることから、正式に承認せよというのがこの主意書の主旨であった。これについて当時の田中角栄総理は次のように答えている。
「安全性についてなお疑問があるので現段階では経口避妊薬を認める考えはなく、医薬品の製造業者、販売業者が承認された以外の効能効果を標榜することは法の禁じるところであるが、使用者がその判断と責任において使用することは法の禁じるところではない」
つまり医師が承認されている以外の効能を認識した上で使用することは認められるが、その副作用については行政的に把握していないというものであった。医師から見ると使用責任がまともにかかってくるわけで、希望者にピルを処方するにも常に適用外処方の後ろめたさを感じさせるし、今日のように製造物責任(PL)法などが絡んでくると紛争のもとにもなりかねない不安を抱えることになる。一方服用者側も“安全性に疑問”と言われると服用をちゅうちょするのも当然である。
1975年4月に第19回日本医学会総会シンポジウムにおいて村上旭京都府立医科大学講師(当時)は次のように発言している。
「現在わが国の経口避妊薬の使われ方は好ましい状態とは言えない。経口避妊薬の効果の確実性、他の避妊法により欲しない妊娠の起こった時のリスク(わが国の73年の妊産婦死亡は出生10万当たり38)を考え合わせるとき、少なくとも副作用の面から見る限り、経口避妊薬は認可されるべきであろう」(産婦人科の世界、27巻9号、843頁、1975年)。
ピルの功罪について、当時、国立病院医療センター産婦人科医長でありWHO/IUD委員会委員であった我妻尭(たかし)氏は「一般的に副作用や危険性は新聞などに誇張されて報道される傾向が強い。日本以外の国々では、ピルの内服の危険性を一応認めた上で、なおかつ、それによって確実に妊娠を防げるという利益の方が、計画外の妊娠をして、それを中絶や出産するよりも母体にとって相対的に安全だからという比較の上で内服を奨励している」と述べている(からだの科学、76巻66頁、1977年)。
このような識者の発言がいろいろな場面でなされていたにもかかわらず、経口避妊薬(ピル)承認の動きは一向に進まなかった。