【寄稿】県が主導する切れ目のない支援体制への取り組み ひろしま版ネウボラ人材育成研修
広島県健康福祉局 子供未来応援課 ネウボラ推進グループ
広島県は、1年間を通じて「ひろしま版ネウボラ」従事者に対し、ウェブで人材育成研修を開催しました。講義はガイドラインを軸に、連携が叫ばれる各職種が同じ目標を見定めた上で、知識が得られるよう構成されました。研修実施に至るまでの道のりなどを、広島県ネウボラ推進グループよりご紹介いただきます。 (編集部)
「ひろしま版ネウボラ」の構築
1.「 ひろしま版ネウボラ」とは
以下の理念を掲げ、地域において子どもの育ちに携わる全ての人たちが、それぞれの立場と資源を生かして、子育て家庭を見守り、支援していくための仕組みである。
全ての子育て家庭の状況を把握し、その不安や悩みに対し、予防的支援を行うため、「完全な全数把握」「関係機関連携」に重点的に取り組むこととし、具体的取り組みを基本型としてまとめている。
2.経緯・事業概要
本県では、核家族化や女性の社会進出が進行する中、身近に相談できる人がいない等の育児の孤立が進んでおり、子育て中の親に対しての安心感が十分に醸成されていないこと、市町・県の窓口が身近にないため住民が相談しづらいこと、母子保健・子育て支援・保育担当課等相談窓口が別々であるため、両親及び子どもに関する一元的な支援や、産後うつや虐待等のリスクの情報共有が不十分であり、リスクの早期発見・対応が難しいこ
となどの課題があった。
そのため、2017年度から、子育てに関する不安や負担を軽減し、子どもを持ちたいと希望する人が安心して妊娠・出産・子育てできる環境を作るため、県内3市町をモデル市町として「ひろしま版ネウボラ構築モデル事業」(以下、モデル事業)を開始した。
モデル事業の内容は、モデル市町への補助事業であり、国の制度に基づく補助金等の対象とならない部分について、必要な事業の実施に要する経費を対象としている。例えば、国の基準額を超える人件費部分、また家事・育児支援サービスや家庭教育講座等のサービス、産後ケア等の利用者負担の軽減に係る経費などである。
18年度からは、さらに3市町が加わってモデル市町は6市町に拡大し、19年度には、これまでの取組の成果を踏まえてあるべき機能や体制等をまとめた基本型を整理した。20年度には、基本型で定める取組の再整理を行い、「完全な全数把握」「関係機関連携」を重点的に取り組む項目に位置付けることとした(表1)。
21年度にはモデル事業を終了し、それまでの6市町にさらに7市町が加わり、「ひろしま版ネウボラ」の実施市町は13市町に拡大した。取り組みとしては、基本型の各取り組みが最終目標である「子育て家庭の安心感の醸成」にどう寄与しているかを図るための効果検証を開始した。また「ひろしま版ネウボラ」が県民に届けたい価値を明確化し、各市町が同じ旗印のもとで地域の実情に応じた取り組みを進めていくことができるよう、「ひろしま版ネウボラ」の理念、行動指針の再整理を行い、実施市町と共有を図った。
22年度からは、さらに4市町が加わり、実施市町は17市町に拡大した。未実施市町に対しては、基本型実施に当たっての課題などについて伴走型支援を行っている。
3.今後の展開
ひろしま子供の未来応援プランにおいて、将来にわたって目指す社会像を「全ての子どもたちが、成育環境の違いに関わらず、健やかに夢を育むことのできる社会の実現」としており、29年度には県内23市町全てにおいて、「ひろしま版ネウボラ」が実施され、子育て家庭が自分の住む地域でいつでも相談でき、必要な情報や必要な支援などが受けられ、子どもたちの健やかな育ちに様々な人たちが関わって支えられていることを実感している姿を目指している。
ひろしま版ネウボラ人材育成研修
1.ガイドラインの作成
「ひろしま版ネウボラ」に携わる従事者の知識やスキル等を高めるため、本県では、モデル事業開始当初から母子保健や子育て支援に関する研修を実施してきたが、これらの研修は単発のものであり、従事者としての力をより一層高めるためには、「ひろしま版ネウボラ」の従事者として求められる力を明確にした上で、それらの獲得のために必要な研修を体系的に実施することが求められていた。
このため、19年度に「ひろしま版ネウボラ人材育成ガイドライン検討会」を立ち上げ、ネウボラ相談員へのインタビュー・質問紙調査、研究論文や保健師ジャーナル誌の文献調査等を実施した。
20年度は、市町や各委員の意見を踏まえてガイドラインを完成させようとしていたが、新型コロナウイルス感染症の流行により、各市町の従来の母子保健・子育て支援事業は中止を余儀なくされ、また、従来型の対面・集合研修の実施を取りやめざるを得なくなった。
こうした状況を踏まえ、再度、市町や各委員の意見を集約し、コロナ禍で生じた新たな課題への対応を盛り込んだ上で、21年3月に「ひろしま版ネウボラ人材育成ガイドライン」(以下、ガイドライン)を完成させた。
このガイドラインでは、「ひろしま版ネウボラ」の基本的な機能や、「ポピュレーションアプローチ」「傾聴・対話」といった「ひろしま版ネウボラ」が大切にしている考え方を解説するとともに、妊産婦、子ども、子育て家庭が安心して生活ができるように、ネウボラの従事者が子育て家庭の視点に立って信頼関係を構築し、関係者と連携した一貫性のある支援を実施するために必要な知識やスキル等を体系的に整理し、研修カリキュラムとしてまとめている。このカリキュラムに沿って県が従事者に対して研修会を開催することとした。
2.研修の実施
「ひろしま版ネウボラ」には、従事する職員が、住民との信頼関係の構築や関係機関との連携などに必要な知識・スキルを習得することが不可欠である。しかしながら、県内市町においては、人的資源の問題から市町独自での十分な研修の実施が困難であることに加え、対面・集合研修では時間や場所、予算の制約から希望者全員が研修を受講することが難しいといった課題があった。
このため、ガイドラインに従って、県が「ひろしま版ネウボラ」実施市町等の従事者に対して体系的な研修をオンライン・オンデマンド配信型で実施し、従事者の能力・資質の向上を図るとともに、理念や目指す姿、注力する取り組みを従事者と共有し、各市町のネウボラサービスの質的向上を図ることとした。
21年5月に実施した公募型プロポーザルにより、一般社団法人日本家族計画協会を研修業務受託事業者として選定し、同協会との協議を重ねて各分野の第一人者16講師からなる全13講義の研修計画を作成した(表2)。
講義動画の収録に当たっては、全ての講師に「ひろしま版ネウボラ」の考え方や取り組みに関する資料を配布するとともに、一部の講師にはウェブ会議により直接本県の考えを伝えて意見を交換する場を設けることで、講師に本県の考え方を理解いただき、研修全体としての統一感を持たせることを意識した。またこの研修を通じて、従事者一人一人に「ひろしま版ネウボラ」の理念や特徴的な取り組み、支援者として意識していただきたいメッセージを届けることを目的として、本県のネウボラ担当者自らが講師を務める講義も設けることとした。
21年9月に配信した「母子保健の基礎知識」「フィンランドのネウボラからの学び」の講義を皮切りに、22年1月にかけて、順次講義を収録、配信した。研修実施に当たっては、1人でも多くの従事者に受講していただけるよう、次の三つの工夫を行った。
一つ目に、本県ではコロナ禍でのオンライン事業の推進のために、各市町の母子保健・子育て支援部署や地域子育て支援拠点にタブレット端末を配布しており、このタブレット端末を活用することで各自の職場で容易に研修を受講できるようにした。
二つ目に、受講者が現場での実践を踏まえて何度も繰り返して学び直すことができるよう、全ての講義動画を22年3月まで配信し続けることとした。
三つ目に、市町毎に受講対象者名簿を作成し、定期的に受講状況を県に報告してもらうことで、受講状況を把握し、積極的な受講の動機付けを図った。
3.研修結果
21年度の研修結果の概要を報告する。受講登録者数は250人、延べ受講回数は2,649回、全体受講率は66.2%であった。各講義の受講後に実施したアンケートの結果、講義に対する満足度については約90%の受講者が「とても満足」または「やや満足」と回答しており、一定の評価を得られたものと考えている。
受講者からの感想では、講義内容について、「利用者が話しにくいことでも『話してみよう』『相談してみよう』と思える関係性を築く事が大切であることが分かった」「支援の現場で聞かれることが多い内容で、今後研修で学んだことを基に自信を持って話をしていきたい」といった声があった。またオンデマンド配信型の形式について、「各分野の第一線で活躍されている先生方の講義を繰り返し、自分の時間に合わせて受講できた」「コロナでセンターを閉所している間に何度も聞き返すことができた」といった好意的な声があった。一方で「すでに知っている内容が多く、もう少し実践的な内容があるといい」「各市町での取り組みの紹介(具体例)、情報共有、意見交換などがあるといい」といった意見もあり、これらの意見を踏まえてさらなる取り組みの改善を図る必要がある。
4.今後の展望
22年度の研修実施に当たっては、21年度の研修で収録した映像を貴重な財産として継続して活用しつつ、22年6月に成立した「児童福祉法等の一部を改正する法律」や、8月に公表された「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について」の報告など、最新の動向を踏まえて一部の講義を再収録することにより、受講者の日々の業務に資する質の高い研修を継続して提供していく。加えて本県の担当者が講師を務める講義についても、機会をとらえて内容をアップデートし、受講者一人一人にメッセージを届けていきたいと考えている。
さらに、市町からの要望等を踏まえ、より発展的な内容をテーマとした、リアルタイム型の研修を全3回実施する予定である。オンデマンド配信型では実現できなかった講師への質問や、グループワークによる参加者同士の情報交換などを通じて、受講者の学びの幅を広げていきたい。
新型コロナウイルス感染症の影響もあり、当初思い描いていた形とは異なる形態での研修実施となったが、逆にオンラインならではの強みを生かすことで、これまでのやり方では届けられなかったメッセージを、これまでのやり方では届けられなかった方々に伝えることができたと感じている。
引き続き、ひろしま版ネウボラ人材育成研修を通じて、市町の取り組みの質の向上を支援するとともに、「ひろしま版ネウボラ」の理念を現場の支援員一人一人に共有し、支援の現場で実践していただくことで、全ての子どもたちが健やかに夢を育むことのできる広島の社会の実現に努めていく。