連載「“教室マルトリートメント”って?
東京都立矢口特別支援学校 川上康則」

【第4回】
“圧”の整理で背景を読み解く
―信頼できる「重要な他者」を探すために

皆さんは「教室マルトリートメント(以下、教室マルトリ)」という言葉をご存じでしょうか。実はマルトリートメント(以下、マルトリ)は家庭内などだけでなく、学校という教育現場でも起きているんです。そこで今回、養護学校や特別支援学校で教員として勤める川上康則先生に、「教室マルトリとは何か」「背景で何が起こっているのか」についてお話を伺いました。マルトリや虐待に興味がある方に必見の情報です!!

川上康則先生
川上康則(かわかみやすのり)
2001年より養護学校、特別支援学校で教員を勤め、今年で21年目。東京都立矢口特別支援学校主任教諭。中学部2年の学年主任。特別支援教育コーディネーターとして小・中・高の巡回相談を10年間続け、通常学級の学級経営や授業づくり、子ども理解のサポートも行ってきた。公認心理師、臨床発達心理士。

「職」に限定せずに「人」をたどる
―信頼に値する相手を見つけるには

 学校でわが子に何かあったらどこに・どうやって相談したらいいのかと悩む保護者の方は多いのではないでしょうか。担任の先生に頼りたいけれど、他の人にも相談して意見を聞いてみたい―そういう場合は誰に頼ったらいいのか悩むことも。

 このご質問についてはケース・バイ・ケースだと思います。学校にはスクールカウンセラーがいますが、常駐しているわけではありません。週1回、または隔週の勤務が多いでしょう。多くの学校では、スクールカウンセラーが来校する日は養護教諭が決める場合が多いため、何かあったら養護教諭に相談するのが一番かと思います。また、学校経営に関わっている管理職への相談もよいと思いますし、特別支援教育に関することであれば全校に必ず職務として位置付けられている「特別支援教育コーディネーター」の先生に話すとよいと思います。

 ただ、相談するときに大切にしてほしいのが、「スクールカウンセラーだからきっと話を聞いてくれるはず」「養護教諭だから間違いなく受け止めてくれる」という思い込みは避けるようにしてください。大切なのは、資格を持っていることやその職に就いていることではなく、「この人なら信頼できる」「この人には安心して打ち明けられる」という人を見つけることです。カウンセラーといえども全ての相談に応じられるとは限りません。中には、期待を大きく損なうような態度で応じ、相談者の気持ちを裏切るような結果をもたらす人もいます。一方で、校内に、他の学年の担任や専科の教員などの中に「気さくに声をかけてくれる」「この人だったら話しやすい!」と感じる人もいます。相談できる相手は「職」に限定するのではなく、人をたどっていくこと。それを心に留めて、あなたの信頼できる人が見つかるまで探してみてください。そしてその方に、相談の場に同席してもらえるようにお願いするとよいと思います。


「あるべき姿」がもたらす危うさ
―圧のコントロール力が指導の成否を分ける

 先ほど、頼るべきは「職」や「立場」ではなく「人」をたどることだとお伝えました。その判断の根拠はどこに求めるとよいでしょうか。私はその人がもたらす「空気感」だと思っています。温かく心地よい空気感で相手を包める先生もいれば、少し突き放したような冷たく鋭い空気感で迫ってくる先生もいます。空気感は、本連載でもたびたび口にしてきた“圧”という言葉に置き換えてもかまいません。

 “圧”は状況に合わせて使い分ける必要があります。いじめの芽のような状況に対しては、即座に強めの圧を出しながら「ちょっと!今のどういうこと!」と介入するような指導が必要です。そうでなければ、クラスの秩序が崩れてしまうことがあるからです。しかし威圧的な態度が常時続くと「管理し服従させる」という指導スタイルになってしまうので危険です。すぐにニュートラル状態に戻す必要があります。一方、相手の相談に応じるときや、登校しぶりの子どもの頑張りを後押しするようなときは弱めのやさしい圧が不可欠です。ただし、この弱い圧が続くと「好き勝手にふるまってよい」という誤ったメッセージとして受け取られて集団が維持できなくなることもありますので、すぐにニュートラル状態に戻します。

 こうした「圧の自覚的コントロール」は職人技の領域にとどめるのではなく、言語化・視覚化していくことが大切だと思っています。図1に5段階の圧のモノサシを整理しておきました。



 保護者の皆さんの心配事として、クラスの雰囲気を挙げられる方は多いと思います。一見すると静かでビシッとした雰囲気なのだけれども、担任の高圧的な指導によって締めつけられているような状況はありえます。このような指導は「きちんと指導している」とは言えません。保護者と教師がお互いに話し合う際の共通のモノサシがあることで、「教室マルトリートメント」を多面的に防ぐことができるのではないでしょうか。

 今もまだ、学校には威圧的・高圧的・管理的な常に“圧”が強い指導を行う先生がいます。これまでの連載記事の中で“「ちゃんと」の呪い”に囚われてしまっているという背景があることや、子どもを問い詰めるような言い方をする「毒語」の裏には大人側の“心理的な焦り”が潜んでいることなどを整理してきましたが、これらの指導は子どもたちに強い記憶を残します。読者の中にも、子どもの頃に先生から投げかけられた「嫌な一言」を今でも覚えているという方がいらっしゃることでしょう。記憶された指導がトラウマ(心の傷)となり、数年後ふとした瞬間にフラッシュバックしてしまう―そんな子どもたちを今までの教師生活でたくさん見てきました。小学校のときの一言が中学生になってフラッシュバックし、「最高学年のくせに!」とひたすら口にしていた子もいました。おそらく小学校6年生のときに言われた言葉が強烈に記憶に残っているのでしょう。

 繰り返しになりますが、“圧”は、状況に合わせて瞬時に上げたり下げたり、ニュートラルにしたり・・・自覚的にコントロールすることが大切です。私も若い頃はそれがなかなかうまくできませんでした。たくさんの個性豊かな子どもたちに出会い、鍛えられてようやくここまでたどり着けました。

 たとえば、子どもから「クソジジイ」と呼ばれます。若い頃はその一言にカチンと来て、「今の一言はよくない」と道徳的な指導をしていました。でも50歳を目前に控えた今は、子どもからの「クソジジイ」は信頼関係の証だと捉えられるようになりました。「おう、なんだ」と自然に返したり、「クソジジイ先生って言ってくれない」とか「クソをしないジジイはいません」などとユーモアで返したりしています。こうしたやりとりで、子どもたちも安心できる関係性であることを確認しているのではないでしょうか。

 また、私は陽気でハキハキしているほうだと思うのですが、その性格が、HSC※1やHSP※2(繊細で感受性の強い人)の特性をもっている人からは「眩しすぎる」と感じられるということも教えてもらいました。明る過ぎるライトの光量は、たしかにキツイです。「元気で明るく」を求められるのはきっとつらく感じることでしょう。その子と向き合うときは、声のトーンを控えめにし、ゆったりとした時間が流れるようにしています。

 私の周りには、こうした圧のコントロールが抜群にうまい若手の先生がたくさんいます。その人たちには、自分の調整方法を言語化して周囲に伝えることを勧めています。伝達を通して、プラスの連鎖を生み出し、子どもたちの学校生活の一層の充実につながることを願っています。

※1 Highly Sensitive Child
※2 Highly Sensitive Person


連載の結びに

 ここまで、連載をお読みくださった皆様、本当にありがとうございました。読者の皆様が、普段、身近に感じられてきた違和感やモヤモヤをうまく言語化できていれば幸甚です。

 「教室マルトリートメント」は、これまで「指導」という名のもとに看過されてきた、あるいは半ば肯定されるようなこともあったグレーゾーンに着目する新しい言葉です。

 新しい言葉には、警戒心や抵抗感も伴います。実際にSNSで「こんなことを言われたら指導が成り立たない」とか「こういうことを言い出すから教師のなり手がまた少なくなる」といったコメントも散見されます。しかしそこには「私は間違った指導はしていない」という思い込みや「子どものほうに問題があるのだから、強く指導されて当たり前」といった“認知バイアス”が強く絡んでいます。

 このような“認知バイアス”を「フォールス・コンセンサス(偽の合意)」と言います。「自分の意見や主張は多数派であり、多くの人が合意してくれる正しいものである」と見なす偏った考え方です。

 教師には、自身の指導が社会からの信託を受けたものと誤解しやすい側面があります。今後は、教師が陥りやすい「認知バイアス」についても触れながら、教室マルトリートメントのさらなる予防のための情報発信ができるようにしていきたいと思います。

川上康則




【コラム】
クレームが多い保護者、生むのはだれ?

 モンスターペアレント(モンペ)という単語を耳にするようになり、久しく経ちました。何か学校で問題が起こったときに、クレーム等を伝える保護者のことを指す言葉ですが、私自身は、そのほとんどは真摯(しんし)に耳を傾けるべき内容であり、学校が変われるきっかけをもたらしてくれるものと考えています。そして、こういった事例はおおむね学校側に何らかの問題があります。仮にそこで話題にされていること自体には学校側に落ち度がなかったとしても、普段の信頼関係などに対する不満のこともあります。いずれにしても、保護者が学校や教師のことを思って伝えてくださっていることに感謝と敬意を示すべきです。

 実際には、第1回でご説明した“「ちゃんと」の呪い”(図2)にとらわれているという保護者の方もいますから、学校側としては要求が高く感じられることもあります。しかし、ご意見を伝えてくださっているということは、少なからず至らない点が私たち学校側・先生側にあったり、最後までしっかりと気持ちを受け止めきれていなかったりといった背景があるものではないでしょうか。合意形成や、学校からの提案の提示は、気持ちを十分に受け止めてからです。せっかちに解決を急ぐのではなく、時間をかけて推移を見守っていく事案もあります。




 保護者の方々との話し合いの時間は、貴重な情報共有の場です。貴重な時間を割いて面談に来てくださっているのですから、「ただ文句を言い、気持ちを発散させるために学校に接触している」といった捉え方は見直すべきです。「学校組織に変化してもらいたい」とか「わが子を含めた子どもたちがより安心して過ごせるように愛情をもって接してほしい」などの願いから、学校へ意見を伝えてくださっている方もたくさんいます。

 保護者の立場からすれば、「学校は子どもを人質としてとられている場」です。学校に意見を強く伝えたら、「わが子は学校で不利になるような扱いを受けてしまうのではないか」とか、「先生が気分を害してしまうのではないか」などのたくさんの心配事を抱えています。そんな状況の中にあって、「言いたいことが思う存分言えていない」という保護者の方が圧倒的多数です。こうした保護者の心情を理解しなければなりません。

 学校と家庭は、子どもが育つための対等なパートナーです。そこには「相互信頼」が必要です。お互いをリスペクトし合うことで、それぞれの立場を尊重しつつ、お互いの不足を補い合うことができます。クレームという表現で壁をつくるのではなく、思いを分け合うきっかけにして、子どもたちが過ごしやすい学校をつくっていきましょう。



連載一覧はこちら

▶【第1回】知らないうちに!? 実は教室でマルトリートメント、起きています
 (JFPA情報3月号(第12号) 2-3面)


▶【第2回】これって教室マルトリ?教師も子どもも気持ちよく過ごせる教室へ

▶【第3回】一人より二人。学校が連携して動くには

▶【第4回】“圧”の整理で背景を読み解く―信頼できる「重要な他者」を探すために

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