機関紙

<17>杏林大学医学部 東原英二・榎本香織

2016年08月 公開
シリーズ遺伝相談 特定領域編5

常染色体優性多発性嚢胞腎



杏林大学医学部多発性嚢胞腎研究講座 特任教授 東原 英二

同泌尿器科 助教 榎本香織



二つの遺伝子

 多発性嚢胞腎には常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)と常染色体劣性多発性嚢胞腎(ARPKD)とがあります。ここでは、ADPKDについて解説します。
 ADPKDは遺伝性の疾患で、原因遺伝子にはPKD1とPKD2があります。PKD1とPKD2遺伝子からつくられる蛋白は、それぞれポリシスチン1(PKD1蛋白)とポリシスチン2(PKD2蛋白)です。
 PKD1とPKD2遺伝子は各々、第16番染色体と第4番染色体に別々に存在します。この2本の染色体は性染色体ではなく常染色体なので、病名に「常染色体」が入っています。
 PKD1蛋白とPKD2蛋白は各々、4304個と967個のアミノ酸によって構成され、PKD1蛋白は比較的長い蛋白です。ADPKD患者の約85%はPKD1遺伝子変異患者で15%がPKD2遺伝子変異患者です。PKD1変異患者はPKD2変異患者より病状が厳しいのですが重なる部分もあり、両者を臨床的に正確に区別するのは困難で遺伝子検査が必要です。

嚢胞の増大
 PKD1蛋白とPKD2蛋白は、単独で存在する細胞内器官もありますが、主として共存して細胞の繊毛部分の細胞膜に存在します。二つの蛋白は各々細胞膜を数回貫通する蛋白で、細胞内にある各々のカルボキシル末端側(蛋白には両末端があり、その一端)では手を取り合う形で連結して、一つのユニット(PKD蛋白)として働いています。
 繊毛は腎臓では尿細管管腔液の流れを感知して、尿細管の円筒構造を正常に維持するのに関与しています。いくつかの蛋白がこの繊毛機能を支えており、PKD蛋白もそのうちの一つです。ARPKDの原因遺伝子が産生する蛋白も繊毛機能を支える蛋白です。PKD蛋白機能に異常が出現した尿細管細胞は繊毛機能が障害され、円筒形成方向ではなく扁平方向に伸展する形で増殖を行い嚢胞が形成され、嚢胞内に溶液を能動的に分泌し、細胞分裂も重なり嚢胞が大きくなっていきます。この嚢胞増大プロセスをサイクリックAMPが活性化します。抗利尿ホルモンやカフェインにはサイクリックAMPを高める作用があります。

遺伝形式
 常染色体上の遺伝子には2本の対立遺伝子(アリール)があり、父親と母親から1本ずつ遺伝します。図1に示しているように病的変異したPKD遺伝子(Ⓓで示す)が片親にあると、50%の確率で子どもにADPKDが遺伝・発症します。もし両親がADPKD患者でPKD遺伝子変異があれば図2に示すように、PKD変異遺伝子を確率25%で両親から受け継いだ子どもは胎児期に死亡します。PKD蛋白機能が全く消失している場合は、人でも動物でも生存して生まれてきません。
 図1・2で示したPKD遺伝子変異は明らかにADPKDの症状を示す病的変異(表現型)ですが、中には変異をしていても表現型には全く現れない非病的変異もあります。遺伝子に変異が起こっても、蛋白のアミノ酸配列に変化が起きてこないか、起きてもPKD蛋白の機能には影響を与えない場合がそうなります。
 軽度の機能低下を起こす変異がADPKDでも報告されるようになりました。その例を図3に示しています。このような変異は、対立遺伝子の片方に起きただけでは表現型には現れないので、変異遺伝子保持者にADPKDの症状はありません。偶然このような軽度の機能低下を起こす変異遺伝子保持者同士が結婚した場合、確率25%で子どもに両親の変異遺伝子がともに遺伝します。
 一般にADPKDの腎嚢胞出現は出生直後ではなく、年齢とともに増加し画像診断が確実になるのは20~30歳頃からです。しかし、両対立遺伝子に軽度機能低下変異が起きた場合は、生存して出生しますが、胎児期より嚢胞が発生し表現型は重症になります。臨床的診断のみでは、あたかも劣性遺伝形式なのでARPKDと診断されてしまい、遺伝子解析が決め手になります。

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優性遺伝のメカニズム
 対立遺伝子の片方に変異が起き、それのみでは蛋白機能は障害を受けませんが、ではなぜ遺伝子変異のある個体にADPKDの表現型が100%出現(優性遺伝)するのでしょう。
 実際、腎臓に発生する嚢胞の数は、両側腎臓容積が1500㍉㍑以下の比較的若い患者では1個の腎臓にできている嚢胞の数は250個以下です。腎臓にあるネフロン数(糸球体の数)の0・025%以下です。従って、対立遺伝子の1本に病的変異が起きても、ほとんどの腎臓細胞に嚢胞は発生せず、細胞レベルでは劣性遺伝といえます。
 個体レベルでは優性遺伝、細胞レベルでは劣性遺伝の謎は、生後に正常な対立遺伝子に変異が起き、両対立遺伝子の機能が失われる結果、その1個の細胞が嚢胞化するからと説明されています。これを2段階ヒット説(遺伝的変異+生後の変異)といいます。30歳頃までに腎臓の250個の細胞にPKD遺伝子変異が起きる理由は、PKD1遺伝子に変異が起きやすい配列があるためと説明されています。PKD2遺伝子変異にも数多くの嚢胞が発生することや、その他動物モデルでの観察から、遺伝子によってつくられるPKD蛋白量が低下していると、種々の二次的刺激で嚢胞が発生する「遺伝子発現量説」も最近有力です。
 複雑な遺伝子の話を限られたスペースで説明したので、ご理解に役立ったか不安です。ADPKD患者には家系間や同一家族内でも病態の変化が大きく、その原因はまだ解明されていません。これらの解明が、治療の進歩にもつながると考えています。

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